「宿命的な孤独」は熊本で終わっていた

一雄が熊本で過ごしたのは一年程度に過ぎない。しかし長男だけに、ほかの兄弟とは異なり、10歳まで父の背中をみて育ったわけだ。これでは、父親譲りの性格になるのも当然だ。

しかも、父とは違って早稲田大学を卒業してからは就職をしている。つまり、八雲とは違い、社会常識もちゃんと兼ね備えた毒舌家となったわけだ。

親バカが育てた子供が、社会人として自立しながら父の業績を後世に伝える。八雲の「宿命的な孤独」は、熊本で完全に終わっていたのである。

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