八雲が希望した「カジオ」、セツの希望は「ヒデオ」

「父の運命を決する」息子がそう言い切れるほど、八雲は変わったのだろう。

考えてみれば当然だ。セツの家族への援助には、確かに責任が伴った。だがそれはあくまで「援助」である。自分が選んでそうしている。いつでも降りられる、とまでは言わないが、少なくとも自分の意志が介在している。

しかし子供は違う。

この子は、自分が存在することを選んでいない。どんな言い訳も、どんな思想も、この一点の前では通用しない。「宿命的な孤独」を盾にすることも、もはやできない。八雲はここで初めて、逃げ場のない責任と向き合ったのである。

さて、こうして待望の第1子が産まれるわけだが、すべて円満というわけではない。『父小泉八雲』によれば、けっこう夫婦間で名前をどうするかが難行したようで、こう書いてある。

父は自分の名ラフカディオから取って長男にカジオ(梶夫)と命名したかった(注:ラフカディオLafcadioの後半cadioをそのまま日本語読みすればカジオになる)。

母が「梶」はなんだか芝居や浄瑠璃の敵役、梶原を思わせたり「火事」とも同音だからいけないと反対して英雄(ヒデオ)とつけるよう主張した。父は英人だからとの考から。

これには父が反対した。私は英国人ではないしヒデオはHideousに似た語呂でよくないというのである。(中略)そこで私は平凡なる一匹の雄、即ち一雄と命名されるに至った。

一雄「父は書簡中に私の事をカジヲと書いている」

引用だけだと意味不明だが、解説すると完全に夫婦漫才である。

セツのほうは「梶」が「梶原」を連想させるという。これは、歌舞伎・浄瑠璃の演目「梶原平三誉石切」の梶原景時のことだ。ただ、実在の梶原景時は、源頼朝の腹心でありながら、義経や忠臣たちを陥れた讒言者として描かれる悪役の代名詞である。

つまり古典が現役の娯楽だった時代「梶原」といえば当時の日本人には即座に「卑劣な告げ口男」を連想したというわけだ。今でいえば、誰もが知ってるアニメやドラマの悪役の名前に似た名前をつけるようなものだ。

ならばと提案した英雄のほうが、八雲にしてみれば「Hideous=醜い、汚い」を連想し、なんてことをいってるんだとなってしまう。さらに「私は英国人ではない」という八雲の拒否感も重い。ようは、なにもよい思い出もない。この時点ではただ国籍があるに過ぎないイギリスに関わりがあるものは、一切遠ざけたかったのだ。

ともあれ、円満に名前は一雄にまとまったかと思えばそうでもない。『父小泉八雲』には、こんな記述がつづいている。

父は友人や親戚への書簡中に私の事を度々カジ(kaji)あるいはカジヲ(kajiwo)と書いている。

諦めていなかったのだ。

小泉八雲とセツの長男「一雄」の写真
小泉八雲とセツの長男「一雄」の写真(写真=Lafcadio Hearn, by Nina H. Kennard/PD US/Wikimedia Commons