「レオポルド」という名も与えた

なぜそこまで「カジオ」にこだわったのか。答えは単純である。「ラフカディオ」から取った名前だからだ。自分の名前を息子に刻みたい。それは洋の東西を問わず、父親の普遍的な本能だろう。

しかしそれだけではない。八雲にとって「ラフカディオ」という名前は、母・ローザの故郷レフカダ島に由来する。失われた母との記憶、二度と戻れない原点……その全てが「カジオ」という音に込められていたのかもしれない。

セツには「火事」に聞こえた音が、八雲には「母」に聞こえていたというわけだ。

さらに、八雲は一雄に「レオポルド(Leopold)」という名も与えている。

なぜレオポルドか。ここには八雲の人生で「助けてくれた人」の記憶が二重に重なっている。

一人目は従兄のロバート。孤独な幼少期、夏休みに大叔母の家へ行くと、このロバートが水泳を教えてくれた。暗い人生の中でロバートは数少ないオアシスだったようだ。

二人目はフランス人のレオポルド。西インド時代、八雲は熱病にかかって収入が途絶え、文字通り一文無しで死にかけた。そこへ無利子無期限で金を融通してくれたのがこの男だ。返済期限なし、利子なし……現代でもめったにいない。

そしてこの二人、顔が似ていたというのだ。さらにそこへもってきて、生まれた一雄がロバートにそっくりだった。

新生児の小さな足を両親が手でそっと包んでいる
写真=iStock.com/StudioYummy
※写真はイメージです

息子に詰め込まれた“八雲のすべての恩”

八雲は何かを感じたに違いない。この子はロバートであり、レオポルドであり、自分の人生を救ってくれた人々の生まれ変わりではないか……という具合である。

公式には一雄、私的にはカジ、そしてレオポルド。息子一人に、八雲の人生のすべての恩が詰め込まれた……完全に親バカである。ついこの前まで、自分は宿命的な孤独を生きる作家のごとく振る舞っていたのに、もう子供のことを溺愛しまくっている。

そして、そこまで溺愛された息子はどう育ったか。

一雄は成人後、横浜グランドホテルなどに勤めながら、父の書簡を編集し伝記を執筆するなど、八雲の業績を伝えることに人生を費やした。親孝行な息子である……と言いたいところだが、一雄はかなりシニカルな性格に育っている。確実に八雲の血を引いているのだ。

父小泉八雲』は表向き穏やかな回想録だが、読み込むと恐ろしい本である。直接的な悪罵こそないものの、快く思っていない人物に対しては、言葉の端々に絶妙な毒が仕込まれている。怒鳴らずに刺す、父譲りの流儀だ。