なぜ「軽くて・高価な物」を放置したのか

これらの探査の結果言えることは……。ニュアンスとしては、「何もないことが確認できた」ということです。船体はありませんし、埋もれている可能性も低い。では、なぜ、ここにこれだけのものが落ちているのでしょうか?

たとえば、中国を出発して博多へ向かっていた商船が難破し、この浅い水路に流れ着いたというのはどうでしょう。座礁しそうになったので積み荷を軽くするために陶磁器などを破棄し、脱出したのかもしれません。

でも、これだけ浅い場所ですから、捨てた積み荷を取りに戻ってくることができたはずですが、積み荷は捨てられたまま。何か戻れない理由があったのでしょうか?

さらに不思議なのは、遺物は小さくても比較的値打ちの高いモノが多いということです。積荷を軽くする必要があったなら、金属製品、甕や壺などのほうが重たいので、そちらを真っ先に捨てるはずです。

謎は深まるばかりです……。

ミステリー小説のような楽しさがある

文化庁の調査の後、2015年に成果報告会を現地で実施しました。シンポジウム、そして、現地で遺跡を見る見学会も行われました。

佐々木ランディ『水中遺跡はそこにある』(ちくまプリマー新書)
佐々木ランディ『水中遺跡はそこにある』(ちくまプリマー新書)

この見学会では、海の底に沈んだ遺物を、船の上から箱メガネを使って観察しました。箱メガネというのは、底がガラスのバケツのようなもので、船の上からでもたくさんの遺物が海底に散乱しているのを見ることができます。

この見学会には、想定の倍以上の申し込みが殺到。船を増やしたり時間を長くしたりと、主催した宇検村は準備が大変だったようです。遠くは関東からも、わざわざ見学会のために奄美に来た人もいました。評判もとてもよく、また開催して欲しい!という声が上がっていました。

倉木崎で発見された遺物は、現在、宇検村で見ることができます。宇検村の資料館は、離島の小さな島とは思えないほどのコレクションを誇っています。水中遺跡を見る、そして、そこから出てきた遺物を見る。南の島のちょっと変わった体験としておススメです。

ちょっぴり上級者(?)向けですが、福岡市の博多遺跡群から出土した陶磁器類と比べてみると、新たな発見があるかもしれません。福岡市の博物館にも数点しかない(しかも一部破損している)高級な輸入品が、大量に並べて展示されているのですから。

文章だけでは、なかなかモノを見たときの感動・感情を書き表すことは難しいです。でも、本物の持つ力、その場所を体感したからこそ思いつく直感というものがあります。出土した遺物を見ながら、ミステリー小説のような推理をすることも楽しいかもしれません。

シュノーケリングしながら、ぷかぷか浮いて考えることもできます。このような体験ができる水中遺跡は、そう多くはありません。

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