「聖域なき構造改革」でもメスは入らず
郵政民営化はその象徴だろう。メディアでは「郵政民営化」を連呼し、選挙では「郵政民営化、是か非か」を繰り返した。典型的な「一点集中突破型」の政治家である。
だが、小泉政権においても、予算編成の基本構造は温存されてしまう。
小泉首相による「政治主導」の試みは、あくまで個別政策への例外的介入であり、当初予算を政治が全面的に設計する仕組みには踏み込めなかった。
「郵政民営化」という難事業は達成したものの、従来どおりの補正予算を活用しながら、政治色の強い政策を押し込む手法が中心であり、本来おこなうべき予算プロセス全体を再編するという発想にまでは至らなかった。
2009年に誕生した民主党政権(2009年9月~2012年12月)は、「政治主導」「官僚依存からの脱却」を正面から掲げた。
事業仕分けは、その象徴的な取り組みである。官僚の決定権を一部取り上げた点は評価できるが、この試みは予算編成の制度改革に手を染めることはなく、やがて政治混乱を招き、むしろ官僚の影響力が増すという体たらくだった。
事業仕分けは既存事業を外側から削る作業であり、決して当初予算で主導的に優先順位を決め切る仕組みではなかった。いわば「財政オンブズマン制度」にとどまるものである。
その結果、官僚機構との協働が崩れ、予算実務が混乱し、制度として定着しなかった。「政治主導」はスローガンだけに終わったのである。
高市首相が挑む「財政革命」の本質
橋本政権、小泉政権、民主党政権など、大きな影響力を手に入れた政権のいずれも、改革を掲げながら、予算編成の中枢には手を付けられなかった。
その理由は明快だ。
上述したように、予算編成は官僚制の中枢であり、ここに踏み込めば大きな抵抗が起きるからである。もしかしたら官僚との全面的戦争をしなければならないかもしれない上に、次の選挙でそれが評価される可能性は大きくはない。反対に、失敗すれば、すべてを失いかねない。
だからこそ、日本では長年、選挙で政権は選ばれても、国家の資源配分の全体像はほとんど変わらないという状態が続いてきた。
高市総理が掲げる「補正予算を前提とせず、当初予算にすべて盛り込む」という方針は、この構造そのものを転換しようとする試みである。

