岩倉織田家の家臣は出世できず
蜂須賀正勝、前野長康、稲田植元の3人はもともと岩倉織田家の家臣で、仲も良かったらしい。
『寛永諸家系図伝』の蜂須賀正勝の項に面白い話が載っている。
永禄13(1570)年、金ケ崎の退き口の際に、秀吉が信長に殿軍を申し出ると、「信長其儀に同じたまひ(い)、(蜂須賀)正勝ならびに木村常陸介・生駒甚介(親正)・前野将右衛門(長康)・加藤作内(光泰)右五人をのこ(残)しを(お)かれて、異儀なく人数(=兵)を引とらる。又秀吉退陣の時ハ、正勝しつはらひ(い)(尻払=最後)たり。此後所々数度の戦場に秀吉にくミして旗下となる」。
ここから先は無料会員限定です。
無料会員登録で今すぐ全文が読めます。
プレジデントオンライン無料会員の4つの特典
- 30秒で世の中の話題と動きがチェックできる限定メルマガ配信
- 約5万本の無料会員記事が閲覧可能
- 記事を印刷して資料やアーカイブとして利用可能
- 記事をブックマーク可能

