一般人のそれは勘ではなく「願望」だ
私たちが日常で「勘」だと思っているものの多くは、実は勘ではない。
「この株、なんとなく上がる気がする」――それは勘ではなく、上がってほしいという願望だ。「この企画、なんとなくウケる気がする」――それは希望的観測だ。一般人の「なんとなく」は、感情と願望に汚染されている。だから外れる。
一方、富裕層の「なんとなく」は、感情から切り離されている。ある資産家はこう語った。「最悪のシナリオを10個想定してから、それでも『いける』と思ったときだけ勘を信じる。希望的観測は勘ではない」。
孫氏がアリババに投資したとき、それは「中国市場が盛り上がってほしい」という願望ではなかった。何百という起業家と会い、何千という事業計画を精査し、そのほとんどを切り捨ててきた果てに残った「これだ」だった。
同じ時代、セブン‐イレブンの鈴木敏文氏は、コンビニのおにぎりに異常なまでのこだわりを見せていた。日本人がコンビニに求めているのは「安さ」ではなく「ちゃんとした美味しさ」だという、データには表れない仮説を立てた。この仮説は何十年にもわたり消費者の行動を現場で観察し続けてきた末に形成されたものだった。そしてそれは見事に当たり、セブン‐イレブンの食品戦略を根底から変えた。
つまり、富裕層の勘はリスクを織り込んだ上で発動し、一般人の勘はリスクを無視して発動する。この違いが、的中率の差となって表れる。
金曜日の夜、居酒屋で「なんとなく、うちの会社ヤバい気がするんだよね」と漏らすサラリーマンの勘と、取締役会で全員の反対を押し切って新規事業にゴーサインを出す経営者の勘。同じ「なんとなく」でも、その背後にある経験の蓄積がまるで違う。
脳科学が解き明かす「直感」の正体
では、その経験の蓄積は、脳の中でどのように機能しているのか。
近年の神経科学は、直感の仕組みを次第に明らかにしつつある。直感とは、膨大な経験データが無意識下で高速処理された結果だとされる。
注目すべきは、直感が「身体感覚」として表出する点だ。過去の経験は身体に感情的な「マーカー(目印)」として刻み込まれ、意思決定を無意識に導いている。脳の前頭前皮質がこの統合を担い、「なんかいい」「なんか変」という判断を下す。
これを裏づける興味深い研究がある。ケンブリッジ大学の研究チームが、ロンドンの金融トレーダーを対象に「内受容感覚」――つまり心拍や内臓の状態など、体内の信号を感知する能力――を測定したところ、内受容感覚が鋭いトレーダーほど収益が高く、金融市場で長く生き残っていた。彼らは市場データを分析する前に、身体が発する微細なシグナルを感知し、それを判断に活かしていたのだ。

