バラバラに得てきた“点”が一本の線になる

富裕層は意識的に、自分を異なる環境に放り込む。業界を変え、役割を変え、付き合う人間を変える。その結果、脳内に蓄積される経験パターンのバリエーションが圧倒的に多くなる。

2005年、スタンフォード大学の卒業式でスティーブ・ジョブズが語った「コネクティング・ザ・ドッツ」の話は有名だ。大学を中退後に聴講したカリグラフィー(西洋書道)の授業は、当時の彼にとって何の役にも立たないはずのものだった。

しかしその「無駄な点」は、10年後、マッキントッシュの美しいフォントとして結実する。ジョブズがカリグラフィーを学び、禅寺で瞑想し、インドを放浪したのは、履歴書を飾るためではなかった。彼は無意識のうちに、自分の脳に「異質なパターン」を大量に打ち込んでいた。

富裕層の多くは、一見無関係に見える経験を大量に蓄積している。哲学書を読み、美術館に通い、まったく異なる業界の人と会食する。一般人が「すぐに役立つこと」――資格試験、業務知識、目先のスキル――にばかり時間を費やしている間に、彼らは黙々と「未来の勘」の原材料を仕込んでいる。

ノートパソコンに目を落とし、集中しているビジネスパーソン
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もう一つ、経験の質において見逃せない要素がある。それは「時間軸」だ。一般人の勘は「今、目の前にある情報」から判断する。富裕層の勘は「3年後、5年後の世界」を見て判断する。

柳井正氏がフリースを大量生産したとき、業界の大方は「そんなに売れるわけがない」と冷ややかだった。しかし柳井氏は「これからの時代、品質の良いものが安く手に入ることが当たり前になる」という未来を見ていた。周囲が「今」を見ているとき、柳井氏の眼差しは5年先の消費風景に向けられていた。長い時間軸で多様な経験を蓄積してきたからこそ、遠い未来の輪郭が見える。これもまた、経験の質がもたらす恩恵である。

富裕層がやっている「勘を磨く技術」

では、「経験の質」を高めるために、具体的に何をすればいいのか。長年にわたり富裕層と接する中で観察してきた、彼らに共通する習慣を記しておきたい。

第一に、「勘を検証する」習慣を持つこと。一般人は、勘が当たれば「やっぱり」と思い、外れれば忘れる。都合の良い記憶だけが残り、自分の勘を実態以上に過大評価する。富裕層は違う。当たっても外れても「なぜそう感じたのか」を振り返る。ある不動産投資家は、判断のたびに「そのとき身体のどこが反応したか」をノートに書き留めているという。勘を「記録」することで、自分の直感のクセが見えてくる。これはまさに、カーネマンが言う「フィードバックを得る」行為そのものだ。

第二に、「小さく試す」ことを徹底すること。一般人は勘を信じると全額を賭けてしまう。宝くじを買う感覚で、一か八かの勝負に出る。富裕層は、どんなに強い勘でも、まず小さく試す。勘とは「最初の一歩を決めるツール」であって、「すべてを決めるツール」ではない。孫氏ですら、アリババへの投資額は当時の資産全体から見れば限定的なものだった。小さく試すことで失敗のダメージを抑えつつ、経験のフィードバックを最大化できる。

第三に、「勘の射程距離」を理解していること。自分の勘がどの領域で当たりやすいか、外れやすいかを把握している。「不動産の勘は当たるが、株の勘は信用できない」「人を見る目には自信があるが、マクロ経済の予測は苦手だ」――このような自己認識があるから、勘を適切に使い分けられる。一般人は、一度勘が当たると、すべての領域で勘を過信する。万能感に酔った勘は、もはや勘ではなく傲慢だ。

第四に、「身銭を切る」こと。セミナーに参加し、本を読み、異業種交流会に顔を出す。それだけなら表面をなぞった「体験」にすぎない。富裕層は新しい分野に飛び込むとき、必ず自分のお金と時間を賭ける。失敗したら痛みを伴う。その痛みが、経験を身体に刻み込む。鈴木敏文氏は自ら店舗を回り、自分の目で棚を見て、自分の舌で商品を確かめた。現場に身銭を切る――それは金銭だけでなく、時間と労力、ときには恥をかくリスクを含めた「自分自身」を賭けることだ。皮膚感覚を伴わない経験からは、勘は育たない。