手術に必要な「光」
臆せずに宣言すると、「サイエンティスト石沢」のアプローチは、「肉眼に不可視な構造が見えるようになれば、もっと正確で安全な手術ができるだろう」というアイディアに基づいている。
当たり前だが、暗闇では安全な手術はできない(「神の手」ブラック・ジャックを除いて)。だから、ヨーロッパの古い病院では、ガラス窓で囲まれたエリアに手術室が配置されていた。現代の手術室には無影灯という専用の照明が付いているし、テレビやスマホと同じく、内視鏡手術の画像も進歩している。
しかし、いくら視野が明るくなっても、いざお腹の中を観察すると、臓器や血管は厚い脂肪に覆われている。がんだって、手術前の検査ではっきり写っていた病変が、体内で実際にどこにあるのか、どこまで広がっているのか、手術中に見極めることは実は意外に難しいのだ。
血管を上手く見つけられなければ、傷つけて出血させてしまうかもしれない。がんの範囲を見誤ると、不必要な部分を切除して合併症を発生させ、あるいは腫瘍に切り込んで再発の確率を上げてしまう。名医と呼ばれる人たちは、経験という光に導かれて正確な手術ができる。
それでも、自分の辞書にない特殊な状況に陥った時、重要な生体構造を誤認してしまうことはゼロではないだろう。神の手の手術を再現するには、脂肪や炎症といった邪魔者に隠された血管、あるいはがん組織を白日の下に照らし出す新しい「光」が必要だ。
偶然の発見――がんが光った
2007年の夏、とある手術中の出来事。大学院生として蛍光胆道造影(検査用のICG〈インドシアニングリーン〉の性質を利用し、胆のうや胆道を光らせる手法)の研究にハマっていた僕は、何気なく、ICGを投与する前の術野の様子を外から蛍光カメラで撮影してみた。すると、肝臓の中で、奇妙な白い球体がボワっと光っているではないか。術者に肝臓の超音波検査をしてもらうと、どうやら光に一致して腫瘍があるらしい。
予定通り肝切除が終了し、おにぎりくらいの標本を「ほいっ」と受け取った僕は、大きなカッターナイフで腫瘍の部分をスライスする。断面の見た目は、典型的な肝細胞がんだ。怪しい光の正体を突き止めるために、もう一度蛍光カメラで撮影すると――なんと、がん自体がピカピカ光っているではないか。
何じゃこりゃー!
がんが光る理由を必死に考えても、目がチカチカするだけだった。
次の手術、またその次の日も、がんは光った。どうやらこの現象には、うちの治療戦略が関係する、何か共通の原因があるに違いない。

