夫ではなく仕事に惚れた
本田さんは家事、育児をしながら、病院の受付として働いた。夫は本田さんが家にいるときは縛りつけていたが、仕事に出る分には問題なかった。本田さんは、幼かった子どもを自分の母親に預けて働き続けた。
「仕事が好きだったね。旦那に惚れなくて、仕事に惚れてるっちゅうか。病院の上司がいい人だったから、私も仕事に一生懸命になりました」
外食があまり一般的ではなかった時代。本田さんは働きながらも、家では家事をして、酒を飲む夫のためにつまみを用意する日々を過ごした。それでも、夫は変わらなかった。
「(ご飯も)全部自分で作って、なんでもちゃんとしてたけど、ダメだった。こんだけ尽くしてもダメなんだなと思って」
本田さんの母親は不憫な娘に「お前は一番苦労した。同じきょうだいでも運が悪かった。親を恨んでかんよ(いかんよ)」と言ったそうだ。本田さん自身も、「結婚生活で何度も泣いた。涙も枯れ果てた」と当時を振り返った。
しかし、本田さんが45歳のときに、夫は肝臓がんで亡くなった。入院中も、病院を抜け出して酒を飲むほどだったという。
最重要の会食を任される理由
病院勤務の後、別のホテルで働いていた本田さんは、知人の紹介で40歳のとき、名鉄グランドホテル内の日本料理店「四季」で働き始めた。過去に一度、転んで指を骨折し、手術をしたことがある。このときは、3日間入院し、仕事を1カ月休んだ。「この年にしては治りが早かったみたい」と笑う本田さん。夫の葬式とこのケガ以来、44年以上ほとんど休むことなく元気に出勤している。
「私は風邪も引かないし、熱もほとんど出たことがないの。動いてればすごく元気っちゅうかね。家でゴロゴロしてると絶対ダメだもんね。じっとしてたら体が固まっちゃう」
現在85歳だが、どこにも不調はないという。四季にはテーブル席と座敷があり、座敷は企業の接待や結婚前の両家顔合わせなど大事な場面でよく利用されている。本田さんは、この座敷を担当することが多い。座敷では配膳のときに座らなければならず、立ったり座ったりで足腰にも負担がかかる。若い人でも「けっこうしんどい」と言うそうだが、本田さんはケロッとしている。
本田さんはお客さんの顔、名前、好みの飲み物などをしっかり覚える。「この人はビールを持っていくと喜ぶ」「日本酒はこのタイミングで」など、お客さんごとの特徴を把握しているのだ。本田さんは「自然と(頭に)入っちゃう」となんてことないように答えるが、30代の筆者でも同じことをできる自信はない。
本田さんはスタッフたちからも頼りにされており、四季マネージャーの岩木さんは「本田さんには安心して任せられる」と、特に重要な座敷の担当にしている。現在も、レストランの主力として欠かせない存在だ。


