いま楽をするより、未来のためにもがいた

このように、いち早くブランド化に成功した七福タオルだったが、あらかじめ練りに練った戦略ではなく、「このままではつぶれる」という危機意識に直面し、もがいた末の産物だった。かつてその心中を同業の後輩に漏らしたこともあったという。

「20年ほど前のことです。同業他社で同世代社長に『お宅の会社はええわい。問屋さんが買うてくれるからね』と言っていたみたいです。数年前に彼とあった時に、ふと『その言葉を思い出して、河北さんはあの頃、必死だったんだろうなって。本当は問屋を通して売った方が楽だと分かってながらも、先々を見据えると、変えざるを得なかったんだと。あの一言を未だに忘れません』と話してくれて。ああ、そうだったのかもしれないなと改めて実感しましたね」

ハンズへの納入を皮切りに販路は急拡大し、「ビブレ」など当時の若者が集う他のファッション・雑貨チェーンにも商品展開することになった。そして、ついには大手百貨店からのオファーが舞い込んでくる。

「西武百貨店から連絡が来て、『今度、新しい雑貨の店を出すんだ。名前はロフトと言うんだ。ハンズで見かけたのだが、ロフトにも商品供給してくれないか』と話すのです。初めて百貨店と口座を作ることになりました。いまだに忘れられないのは、サンシャイン60ビルの50階にあった西武百貨店の商談室に訪れたことです。こんなにも眺めの良いところで商談するなんて、もう夢を見るような気持ちでしたね」

今治の小さなタオルメーカーが、より多くの人たちに求められる存在となった瞬間であった。

アルネ津山2階の「ロフト」
「ロフト」(写真=K1012031746/CC-BY-SA-4.0/Wikimedia Commons

「復活する」タオルで、会社が復活

結果的に、バブル崩壊によって今治のタオル産業が縮小の一途を辿る90年代半ばから2000年代前半の“暗黒期“において、七福タオルは右肩上がりの成長を遂げたのである。

この成長を支えた中心的な商品が「リバイブ」だった。先述したように、廃棄する糸を活用して作っている。誕生のきっかけはこうだ。

「元々、閑散期に残糸を使った織物で稼働率を上げていたこともあったのですが、私が実家に帰ってきて最初に残糸のタオルケットを見たとき、すごくいいなと感じました。デザインは可愛いし、その時にあった残糸を使うので、色もまちまちで、一つとして同じ商品がない点にも惹かれました」

そこで残糸のタオルをハンズに提案したところ、非常に興味を持ってくれた。販売するにあたって「復活する」という意味のリバイブを商品名にすると、ブランドイメージが高まったのか消費者に大いに受け、売り上げが伸びた。加えて、例えば2つ購入してもそれぞれデザインは異なるという一期一会の商品であることも人気の要因だったという。もちろん、残糸といっても品質は今治タオル水準である点も見逃せない。

リバイブは一つとして同じ柄がないのも特徴
筆者撮影
リバイブは一つとして同じ柄がないのも特徴