「四国・今治」に込めた誇りと戦略
偶然は重なるもので、数ある問い合わせの中に大手雑貨チェーン「東急ハンズ」(現ハンズ)からの連絡があった。商品を一緒に開発したいから、一度今治に足を運ぶという内容だった。予算と製造コストなどのバランス、さらにはお互いの作りたいもののすり合わせなどを経て、商品化が決まる。1990年の出来事だった。
商品には「七福タオル」の社名を入れ、さらには産地も明記した。
「すべての下げ札に『このタオルはタオル産地、四国・今治』と表記しました。『愛媛・今治』と書くと愛知に間違える可能性があったけど、四国では間違いないだろうなと。『今治で作られているので安心して使ってください』という意味を込めました。当時から国内の産地もの=良質なものという風潮があり、海外製ではないことをアピールしたい気持ちもありました」
実はこれ、今治のタオルメーカー各社がまさに今、行っていることに近い。30年以上も前から七福タオルがこのようなアプローチをしていたのは先進的といえよう。
「問屋を通せ。規律を乱すな」
ハンズでの商品化は七福タオルのビジネスモデルを大きく変えた。従来は問屋からの発注が前提だったが、小売との直接取引になり、出荷枚数も以前の数百、数千枚単位から数十枚といった形が中心に。それによって顧客の顔が見える商売になった。加えて、大量生産・大量消費という薄利多売のビジネスから脱却し、一つ一つ丁寧に単価の高い商品を作り上げることができるようになった。
「当時はFAXでの注文で、大体午後10時か11時くらいに送信されてきました。会社と自宅がくっ付いていたので、うちの父がよく『注文が来たぞ。追加で5枚も買ってくださった。ありがたい』などと嬉しがっていたのを覚えています。自分の会社のタグが入ったものが売れるわけです。今まではそういうことをやりたくてもできませんでしたから」と河北社長は目を細めて振り返る。
ただし、このようなビジネス形態は当時の今治では七福タオルだけだったため、ある日、四国タオル工業組合(現今治タオル工業組合)の理事会で叱られた。「問屋を通せ。規律を乱すな」と。とはいえ、背に腹は変えられない。河北社長は反論して自社が信じた道を進む決断をした。
なお、この話には続きがある。2000年代に入り、今治のタオル産業が風前の灯火になったころ、かつて河北社長を叱責した人物から「河北くん、どうやったら直取引できるの?」と相談を受けたそうだ。

