4車線道路ができる可能性は皆無
そこで文京区が考えたのが公園化であった。なにしろ用地買収の予定もなく進展もない。ならば、中央分離帯と中央より1車線ずつを公園として整備してしまおうというものである。
もちろん、計画は存在するのだが東京都も「長期暫定措置」として、これを了承した。こうして、1993年文京区では約13億円をかけて電線の地中化や屋外彫刻の設置などを実施して、公園化を実現したのである。
暫定とはいえ、今後道路整備のための公園を廃止して道路化するというのは、住民の反発を呼んでしまうだろう。なにより、道路両側の店舗やマンションなども、播磨坂通りはこういうものだという前提で建てられたものになっている(基本的にブルジョア専用店舗しかない)。それに、完成している部分を除けば、小石川側にも、茗荷谷側にも多くの住宅が建ち並んでいる。いわばブルジョア向け住宅地として完成している。地域の環境を激変させ、かつ多くの住宅に立ち退きを要求する計画が実現する可能性は皆無といえるだろう。
ただし、行政のやる気次第では住宅地を突っ切って道路を建設することも不可能ではない。
実際には、住宅地であっても道路整備が実現している例はある。たとえば、環状4号線の余丁町・河田町付近がそれにあたる。
この一帯は、つい十数年前まで低層住宅が密集する典型的な木造住宅地であった。ところが現在では、住宅地を突き抜ける形で環状4号線が完成している。周囲が二階建ての民家ばかりという中に、幅員30メートル近い道路と広い歩道がまっすぐ延びており、その対比は東京でもきわめて異様だ。
とりわけ、靖国通り方面への接続部がいまだ工事中で交通量が少ないため、整然とした無人の新道が、旧市街の中にぽっかりと口を開けているように見える。
東京が抱える矛盾が見えてくる
この光景は、単なる道路整備の結果ではなく、都市計画道路が本来持つ防災・減災機能を象徴している。
木造密集地に幹線道路を貫通させることで、火災延焼の遮断線を確保し、緊急車両の進入路を確保する、こうした目的のもとで環状4号線は整備されている。そうした「災害時に市街地を守る防火帯」としての都市計画道路を感じることができるのも、ここだ。
実は、この周辺の道路はかなり時間をかけて整備が進んでいる。この環状4号線が交差する地下鉄曙橋駅から北へ抜弁天の区間も今は4車線の広い道路が整備されている。ここも、つい30年ほど前までは、住宅の合間に狭小な道路が南北に走っているだけだった。
結局は、行政が道路の必要性を考え、いかに住民を説得できるかがもっとも重要だということだろう。
環状道路網の整備は、単に交通の円滑化を目的とした事業ではない。都市の呼吸を維持するための「動脈」であり、同時に災害時に都市を守る「防火帯」でもある。だが、東京の場合、その実現はきわめて困難だ。なぜなら、すでに完成した都市の内部に、新たな構造線を挿入するという、いわば都市の手術だからである。
100年をかけてようやく7割が完成した環状道路計画。その未成部分は、単なる「未整備区間」ではなく、東京という都市が抱える矛盾の可視化でもある。


