東京の住宅地に現れる未完成道路
東京・豊島区雑司が谷。地域を走る都電荒川線(東京さくらトラム)は、東京都に残された数少ない路面電車だ。途中、鬼子母神前停留所で降りてすぐにある鬼子母神は、参拝客の絶えない名刹である。
そんな荒川線の線路に沿って、もう何年も道路工事が行われている。住宅密集地ゆえに道路拡張かなと思いきや、違う。
これは、東京都市計画道路幹線街路環状第5号線の工事なのだ。そう、環七や環八と並ぶ東京都心部を囲む環状道路、将来はサンシャインシティの前でグリーン大通りに接続するという。
この東京都の環状道路、環7や環8があるのだから、当然環1や環2もある。正確には環状1号線から環状8号線まで設定されている。
東京の環状道路は皇居に近いほど数字が若く、1号線は皇居を取り囲むように走る内堀通りと日比谷通りの一部で構成されている。2号線は虎ノ門や四谷などを結ぶ外堀通り、3号線が飯倉や六本木などを通る外苑東通り。4号線は上野や小石川を結ぶ不忍通りの一部や白金台の有名なプラチナ通り(外苑西通り)などを含む。5号線と6号線はそれぞれ明治通り、山手通りを指す。
実際のところ、そのすべてが完全に完成してはいない。1号線、内堀通りは全通しているようにみえるが、ここも九段下〜一ツ橋区間は中央分離帯もなく歩道も狭いまま。現在、道路整備工事が実施されていて、ようやく整備が実施されている最中だ。
環状線は「日本のサグラダファミリア」
驚くべきは、これらの計画の長さである。東京の環状道路の計画の歴史は古い。1〜8号線が計画されたのは、1923年の関東大震災後のことだ。この時、内務大臣に就任した後藤新平が、かねてより構想していた都市計画に基づいて東京を復興することを考え提示されたのが環状線の始まりとされている。
つまり、既に100年あまり、ずっと計画が進められているのである。まるでサグラダファミリアだ。日本でサグラダファミリアのような永遠の未完成といえば、新宿駅と横浜駅が挙げられる。環状道路は、建物ではないがそれに類する「永遠の未完成」ではなかろうか。
それにしても8本も道路があるのに100年経っても、ひとつも完全に完成していないのは、いったいどういう事情なのか?
それを知るために、これまでの経緯から記していこう。
まず、「関東大震災後に決定された」という説明はよく見られるが、実は正確ではない。実際には、都に環状道路をつくる都市計画は、震災以前から存在した。



