例えば、環状3号線の一部である六本木トンネルは1993年に竣工しているが、ここの事業認可が下りたのは、1961年のことだった。
こんなに長期間に及んだ理由は、道路予定地が在日米軍施設「赤坂プレスセンター」になっていたこと。ここの場合、周囲の道路整備は1968年に完成し、一時は一部を返還で合意していたのだが、米軍側が方針を撤回。代替地の提供を要求して協議が続いたことで1990年まで、トンネルは着工できず、周囲の道路は完成しているのに使えないままになっていた。
その後も環状3号線の工事は中断している時期がやたらと長い。
こうして、亀の歩みのように進んできた道路整備の進捗率は、100年かけて7割程度といったところだ。
計画自体が見直される動きも
もうゴールは見えている状態なのだが、あまりにも長期に及んだためか、計画自体が見直される動きも出てきている。現在東京都では、新たな「東京における都市計画道路の整備方針(仮称)」の策定に向けた調査検討を進めている。
この中で2025年7月に示された「東京における都市計画道路の整備方針(仮称)中間のまとめ」によれば、東京都はこれまでの「未完の道路を完成させる」という単線的な方針から脱し、社会構造や都市環境の変化を踏まえた再定義・再整理の段階に入ろうとしている。
具体的には、少子高齢化や人口減少、生活圏のコンパクト化、物流や移動手段の多様化など、戦後から半世紀以上を経た今日の東京を取り巻く条件が、もはや従来型の「交通処理中心の道路整備」では整合しないことを明確に認めている。ここでは「必要性の検証」や「優先整備路線の選定」という言葉も登場している。
つまり、これまでの人口も経済も上昇することを前提につくられてきた計画では、現状にそぐわないと見られているのであろう。
とはいえ、道路整備を止めてしまえば、街の血流そのものが滞る。
幹線道路は単なる交通の器ではなく、災害時の避難路や救援ルート、物流の動脈であり、生活インフラの背骨でもある。人口が減っても物資の流れは途切れず、むしろ小規模化・分散化する都市構造のなかでは、面的に支える道路網の重要性は増していく。
また、老朽化した下水・電線共同溝・通信インフラの更新を進めるには、道路整備の機会を逃すことができない。道路空間を「車だけのもの」から「人と街の共有資産」へとリメイクする動きも、結局は整備という土台があってこそ機能する。
つまり、見直しは「縮小」ではなく、「次の東京」を形づくるための再設計にしなくてはいけない。すなわち、時代に合わせた再設計と計画的な整備こそが、都市の生命を次の世代へつなぐ営みなのである。


