世界初の偉業を成し遂げた日本人女性

世界で初めて女性が最高峰のエベレスト(チョモランマ、8848メートル)の登頂に成功して今年は50年という節目に当たる。登頂に成功したその女性が田部井淳子さん(享年77歳)だ。地球上で最も高いところに立ちたいという夢を追い続け、苦難の末エベレスト登頂をみごとに成し遂げた。

田部井淳子(たべい・じゅんこ)登山家(2014年9月29日、東京都)
写真=時事通信フォト
田部井淳子さん(2014年9月29日、東京都)

7大陸最高峰の登頂も女性として世界で初めて制覇し、それだけでは飽き足らず、その国で一番高い山の頂を目指して世界各国を旅した。若い女性たちに山の魅力を伝え、山ガールブームも巻き起こした。田部井さんをモデルにした吉永小百合さん主演の映画も10月31日から全国公開され、多くの観客を呼び込んでいる。

田部井さんは9年前にがんで亡くなったが、かつて私は産経新聞の記者時代に田部井さんを取材したことがある。その取材を通じて田部井さんから大切なことを学んだ。

頂上に立った隊員は田部井さん1人だけ

1975(昭和50)年5月16日午後0時半(現地時間)、田部井さんはエベレストの頂上に立った。35歳のときだった。男性シェルパが1人支援に付いていたが、頂上に立った隊員は田部井さんだけだった。

登山隊は計15人、全員が女性だった。登り方は、少人数で直下から一気に登るアルパインスタイルとは違い、ベースキャンプの先に距離を置いて複数のキャンプをいくつも設営し、隊員以外にも数多くの案内役のシェルパや荷物運びのポーターが支援する大掛かりな極地法だった。キャンプとキャンプの間を行き来しながら高山病にかからないように体を高い標高に少しずつ慣らしていく高所順応も行われる。

この極地法では安全の確保や登攀の日数などから頂上に立てる隊員はごくわずかだった。当時の主流の登攀方法ではあったが、男性の登山家や山岳関係者からは「女性だけのパーティーでは不可能だ」「かなり危険だ」と何度も忠告された。しかし、田部井さんたちはあきらめなかった。

1985年、パミールでの登頂に挑む田部井淳子
パミールでの登頂に挑む田部井さん(写真=ヤーン・キュンナップ/CC-BY-SA-4.0/Wikimedia Commons