皇太子ご成婚パレードのお手振り力
戦後巡幸以降、私たちは天皇や皇族が国民に向かって「お手振り」をする光景に幾度となく接してきた。特に印象に残っているのは、なんといっても戦後二度の「ご成婚」時のパレードである。
現在の上皇(当時は皇太子)夫妻と天皇夫妻のパレードを比較してみると、美智子上皇后は時折「お手振り」はするものの、むしろ手を振り続けていたのは上皇のほうだった。それも、上皇后はショールを羽織っていて、それを手で押さえていたからである。
それに対して、天皇(当時は皇太子)夫妻の場合、どちらも「お手振り」を続けていた。雅子皇后はショールを羽織ってはいなかった。白い手袋をして、手前に映っていることが多かったため、皇后が「お手振り」をする姿が強く印象に残った。天皇は手袋をしていないので、どうしても皇后の手が目立つのだ。
天皇や皇族が国民に向かって「お手振り」をする光景は、戦後の「開かれた皇室」というあり方を象徴するものになっている。国民の中には、それで励まされたと感じる人たちも少なくないであろう。
愛子内親王の場合、皇室に生まれたわけだから、幼い頃から国民に向かって「お手振り」をする経験を数多く重ねてきた。初めての「お手振り」は、1歳を過ぎた頃、「新年祝賀の儀」に向かう車の中からだった。両親の間に挟まれまだチャイルドシートに座っていた。
それから20年以上の月日が流れ、公務の機会が増えることで、愛子内親王の「お手振り」の機会も格段に多くなってきた。これは、皇族の務めとして極めて重要なものになってきている。
実現されない内親王のご成婚パレード
悠仁親王も、成年式を終えた報告のために伊勢神宮を訪れた時の「お手振り」がかわいいと評判になった。成年皇族として公務が増えれば、そうしたことが話題になる機会も増えていくであろう。
ただ、悠仁親王が将来において結婚した場合、パレードが行われるかどうかは未知数である。というのも、皇太子の結婚であれば、正式にパレードが行われるであろうが、悠仁親王がその立場になる可能性は極めて低いからである。秋篠宮の場合も、「ご結婚の儀」が執り行われた後、車列で新居に向かう間のことがパレードとして報道はされたものの、皇太子夫妻のパレードのような正式なものではなかった。
となれば、悠仁親王が配偶者とともにパレードを行い、その際の「お手振り」が大々的に報道されることはないであろう。そこにも、悠仁親王の曖昧な立場が示されている。
ただ、国民が本当に見たいと望んでいるのは、愛子内親王の「ご成婚パレード」かもしれない。これは、現在のところはあり得ない。内親王が結婚し、パレードに臨むことはないからだ。
しかし、もし愛子内親王が次の天皇ということになっていれば、その点は大きく変わっていたはずだ。パレードの車にどういった男性が同乗するかは予想もできないが、パレードで愛子内親王が白い手袋で「お手振り」する姿が、国民から熱く迎えられることは間違いない。その日を待ち望んでいる人たちも少なくないに違いない。
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