チャットGPTなどの生成AIの登場がビジネスに大きな影響を与えている。日本工業大学大学院技術経営研究科の田中道昭教授は「今後はロボットや自律システムを通じて現実の物理世界に働きかける『フィジカルAI』がビジネスに変化をもたらすだろう」という――。
「中国国際供給網促進博覧会」に出展した米半導体大手エヌビディアのブース=2025年7月16日、北京
写真提供=共同通信社
「中国国際供給網促進博覧会」に出展した米半導体大手エヌビディアのブース=2025年7月16日、北京

動き始めた「約7400兆円の巨大市場」

2025年1月、米国ラスベガスで開催された世界最大のテクノロジー見本市・CES2025で、NVIDIAは「Physical AI」という言葉を世界に投げかけた。ジェンスン・フアンCEOは「50兆ドル(約7400兆円)規模の産業を変革する」と宣言し、生成AIの次に来る地殻変動を高らかに示した。

ここでいうPhysical AIとは、簡単に言えば「AIが物理世界にやってきた」ということである。これまでの生成AIはテキストや画像といった情報空間にとどまっていた。しかしPhysical AIは、ロボットや自律システムを通じて現実世界を理解し、考え、そして実際に動くAIを意味する。倉庫で荷物を運び、薬局で接客し、手術室で医師を支援する――そうした「身体を持つAI」の時代が始まりつつあるのだ。

そして、それからわずか9カ月――2025年9月の今、Physical AIは驚くべき速度で現実化している。倉庫には自律型ヒューマノイドが立ち、薬局では顧客対応を行い、手術室では術者をサポートするロボットがリアルタイム推論を実行し始めている。CESで語られた未来は、もはや「構想」ではなく「実装」として動き出しているのである。

生成AIから「フィジカルAI」へ

ロボットの社会実装は、この数年のうちに世界各地で加速している。

中国EC最大手のアリババは、2018年にロボットがホテル内で接客や配膳を行う近未来ホテルを開業し、大幅な人件費削減とサービスの無人化を実証してみせた。筆者も実際にその最先端ホテルに宿泊し、アリババのAI技術に圧倒された(詳しくは、現代ビジネス「中国・アリババの最先端ホテルに泊まってわかった、そのヤバい実力」参照)。

身近な例では、日本でも飲食店で配膳ロボット(いわゆる「猫型ロボット」)が瞬く間に普及し、客席まで料理を運ぶ光景はもはや珍しくない。配膳ロボットのコストは、運用条件にもよるが時給換算で約139円程度との試算もあり、人手に代わる存在として現実的な経済性を備え始めている。ロボット技術の浸透は想像以上に速く、社会基盤の一部となりつつあるのだ。

この進化の背景には、生成AIの成功と限界がある。ChatGPTに象徴される生成AIは、知識や言語といった「情報空間」に革命を起こした。しかし、現実の物理世界に触れる力は持たなかった。社会が次に求めるのは、情報だけではなく「世界に働きかける知能」である。見て、考えて、動くことのできる知能。ここにこそ生成AIの次のフロンティアがある。

NVIDIAがCES2025で提示したPhysical AIは、この問いに対する明確な答えであった。そして9月の現在、その答えが想像を超えるスピードで社会に浸透し始めている。生成AIが「知識の秩序」を書き換えたとすれば、Physical AIは「物理世界の秩序」を再構築する。つまり我々は今、産業革命を超える文明転換の入口に立っているのかもしれないのである。

CES2025で紹介された「デジタルツイン」による倉庫の最適化
筆者撮影
CES2025で紹介された「デジタルツイン」による倉庫の最適化