どんなミスをしても、どんなに迷惑をかけても、「絶対に謝らない人」が周囲にいないだろうか。その人はなぜ謝ることができないのか、その背景と心理を知れば、対処法が見えてくる──。
イラストレーション=村田篤司

「褒めて伸ばす」で怒られた経験がない

取引先から間違いを指摘されても、人のせいにしてごまかす。約束を守らなかったのに、なんだかんだと言い訳をして決して謝らない……。

周囲にこのような人はいないでしょうか。「申し訳ありません」と謝罪の言葉を口にすれば済むところを、かたくなに非を認めない。そういう人が目立つようになったため、インターネット上では「謝ったら死ぬ病」といった言葉まで生まれています。

昔は、たとえ自分に非はなかったとしても、上司や先輩、取引先から指摘されれば「すみません」と言って対応するのが当たり前でした。理不尽ですが、それによって相手を立てて、大きなトラブルに発展することを避けたのです。相手もこちらが頭を下げればそれ以上問い詰めることはせず、矛を収める暗黙のルールが機能していたように思います。

それなのに、何があっても「謝らない人」が出現するようになったのはなぜなのでしょうか。

一つには教育の変化が挙げられます。「褒めて伸ばす」という方針が広く浸透し、子どもを叱ることが少なくなりました。学校で教師が厳しく指導すると、保護者が怒鳴り込んでくることも珍しくありません。

「傷つけてはならない」として、たとえ義務を果たさなくても受け入れる風潮の中で育った若者は、失敗を指摘されることに慣れておらず、注意されると人格を否定されたように感じてしまいます。提出物を忘れても、「今日は出せません」と悪びれもせず開き直る生徒もいます。まずは「すみません」と謝ってから事情を説明するという基本的な対応ができないまま、社会に出てくる人が増えているのです。

ネット社会の影響も無視できません。SNSでは攻撃的な言動が目立ち、一度謝ると「批判してもいいんだ」と認識され、さらに激しく叩かれる光景を目にします。そうした状況を見て「謝ることの怖さ」が植え付けられ、謝りにくい雰囲気が醸成されているのではないでしょうか。

有名人だと、謝らないことでさらに叩かれることもありますが、逆に熱狂的な支持者が増えてファン対アンチの対立でSNSの閲覧数が増えることもあります。謝らずに強気に出ることが「カッコいい」と評価される風潮もあり、一部の若者は「謝ったら負け」と思うようになったのかもしれません。

また、欧米の文化の影響も見逃せません。アメリカなどでは「謝る=非を認める」行為であり、その後の交渉で徹底的に不利になるため、謝らないのが常識です。

医師が患者に同情して謝罪の言葉を口にしただけで巨額の賠償を請求されるケースが相次ぎ、「医師の単なる謝罪だけで法的責任を認めたことにはしない(謝ったからといって医療過誤の証拠とみなさない)」という法律まで制定されたほどです。