単純化された「ヒント」を知りたい

なぜスポーツ指導者の言論が、ときにビジネスの世界にも通じるものとして語られるのか。そして、スポーツと実際のビジネスは違う、といった異論も噴出せずにそのような語りが、この当時から現在に至るまでなぜ連綿となされているのか。私が川上さんの著作を手に取るまえに抱いていたこうした思いは、ほぼ完璧に川上さんによって説明されているといえます。そこに現実の凝縮物をみているのだ、というわけです。近年のいわゆる「なでしこ」、女子サッカー代表監督の佐々木則夫さんの著作はそのバリエーションの一つで、「女性の部下を持つ男性上司に向けて、ヒントをください」(『なでしこ力、次へ』177p)というまなざしが注がれているようです。

ところで、このような読み方は、自己啓発書一般にも通じるものだとは思いませんか。連載の第1回(http://president.jp/articles/-/6907)で、私は自己啓発書について、「私たちの日常生活のなかでは曖昧なままになっていることがら——どう生きるか、どう働くか等——が、端的に『結晶化』されているメディア」だと述べました。私がこう述べたことの意味は、川上さんの言葉を用いて、「単純化され凝縮された」物言いから、現実への教訓なり原則なりが読みとろうとされるメディアが自己啓発書なのだ、と言い直してもほぼ変わらないと考えます。

このようなスポーツ関連書籍へのまなざしは、川上さんを基点に発生したものなのでしょうか。管見の限りでは、もう少し遡れるように思います。川上さん以前に、その采配が注目されたプロ野球監督としては、三原脩(おさむ)さんと水原茂さんを挙げることができます。

たとえば1963年の水原さんによる『勝負師の新兵法』の冒頭には、野村証券株式会社社長(当時)・瀬川美能留さんの「一時野球監督を経営者が招いていろいろな話を聞き、参考にしたことがあったと記憶するが、野球でも事業経営でも、その奥底に流れる真理にかわりはない」(2p)という言葉があります(瀬川さんは『悪の管理学』の裏表紙でもコメントを寄せています)。この時点で既に、スポーツと事業経営は通じるものだと述べられているのです。

1973年の三原さんによる『勝つ——戦いにおける「ツキ」と「ヨミ」の研究』でも、「シーズン・オフになると、よく頼まれて会社などへ話をしにゆくことがある。相手の注文する題は、たいてい『ツキ』とか、『選手の管理法』とか『人の和』などである。『選手の管理法』やチームワークが会社の人事管理や労務管理に、相通じるものがあるかも知れないという期待によるものだろう」(56p)といった三原さんの言及がありました。このように、川上さんの著作以前に、スポーツとビジネスを結びつけるまなざしは存在していたようです。