TOPIC-2 監督はなぜ講演会に呼ばれるのか

1982年、久々にスポーツ関連書籍のベストセラーが現われます。読売ジャイアンツを9年連続日本一、いわゆる「V9」に導いた、川上哲治さんの『悪の管理学——かわいい部下を最大限に鍛える』です。

単純な話ですが、スポーツ関連書籍は概して、次の2つの立場のいずかかから書かれるものです。1つは選手によるもの、もう1つは指導者によるものです。後者はベストセラー上では、前回とりあげた大松博文さんの『おれについてこい』と『なぜば成る』、今回の川上さんの著作、2000年のマラソン指導者・小出義雄さんによる『君ならできる』があります。また、まだ2012年度の『出版指標年報』は刊行されていませんが、プロ野球監督・落合博満さんによる『采配』が2012年度のベストセラーにはランクインするはずです(他のランキングでは軒並み上位に入っています)。なお、今回は選手、指導者以外(たとえばジャーナリスト)が書いたスポーツ関連書籍は考察の対象外とします。

大松さんの著作については前回とりあげたので、ここでは川上さんの著作を紐解いてみたいのですが、ところでなぜ、スポーツ指導者の著作がベストセラーになったのでしょうか。どのような人々が、どのような期待をもって、川上さんの著作を手に取ったのでしょうか。

これについては、川上さん自身が述べている同書の執筆経緯がその答えになるでしょう。川上さんは、巨人軍の監督をやめてから、「多くの企業や団体から講演を依頼されるようになった」といいます。そこで川上さんは「野球に勝つための方法」について話すと、聴衆である「会社経営者や管理職」の人々はそれを熱心に聞き、さらにその場では「経営や管理についてのご質問」が活発に出たといいます。そして川上さんは、聴衆のこうした質問の意味が「なぜか」よく理解できた、というのです(3p)。

こうした経験を経て、川上さんは「野球の世界の勝利への鉄則は、そのままビジネス社会に通じているのではないか」と考えるようになります。「もちろん、一般の社会の構造は、野球チームよりはるかに複雑である」が、野球の世界は「単純化され凝縮された世界であるからこそ、成功と失敗の分岐点がはっきり見え、勝利への教訓なり、人間行動の原則なりを読みとることもやりやすい、ということだったのだろう」というのです(3-4p)。