TOPIC-3 メダリストはいつから本を出すようになったのか
『出版指標年報』のベストセラーランキングをみる限りでは、1990年代にスポーツ関連書籍のベストセラーはありません。他のランキングをみると、サッカーの中田英寿さんによる『中田語録』がランクインしている場合もあるのですが、これは次回とりあげることとし、ここでは2000年、久々に『出版指標年報』のランキングに登場した著作をとりあげることにしましょう。
それはマラソン指導者の小出義雄さんによる『君ならできる』です。みなさんご存じだとは思うのですが、小出さんは2000年シドニーオリンピックの女子マラソン金メダルをとった高橋尚子さんの指導者でした。
『君ならできる』の基本的な性格はエッセイです。章のタイトルに「人を育てる魔法の言葉」「心は鍛えるほど強くなる」といった文言が並び、文中にも「人間の器(うつわ)と可能性を広げるには、物の見方、考え方から始めなければならない」(18p)、「私のやり方は、選手自身に『自分がいちばん強いんだ』という自信を持たせるようにすることだ」(81p)、「夢を持つことが大事なのだ。夢があれば強くなれる」(214p)等、教訓めいた話や指導者論が散見されるのですが、紙幅の多くを占めているのは、指導者としてその身のまわりに起きたエピソードでした。
小出さんの著作を読みながら、私は一つのことを考えていました。TOPIC1・2でみた野球、あるいは長谷部誠さんの『心を整える。』等のベストセラーを輩出しているサッカーばかりでなく、その他の競技に関わる人々、特にオリンピック・メダリストによる著作も、書店でしばしば目にするような気がする。そしてそのタイトルにはしばしば「○○力」など、啓発的な言葉が冠されているような気がする。このような、オリンピック・メダリストが啓発的な書籍を刊行するというのは、昔からなされていることなのだろうか——。
このような単純な思いつきにしたがって、金メダル数と、オリンピックの翌年までに自著を出版した金メダリストの人数を集計したものが下図です(煩雑になるため、団体でのメダル獲得者は自著出版者にはカウントしていません)。青がメダル数、赤が自著出版者数なのですが、どの大会でも自著を出版する人の数は少ないとみることができます。
ここ3大会について、金メダルだけでなく、銀・銅メダル獲得者も含めて調べ直してみると、2004年アテネ大会は総メダル数37に対して翌年までの自著出版者はたった1人(比率にして2.7%)、アーチェリー・山本博さんの『最後は願うもの——41歳の銀メダル』のみでした。
これが2008年大会では、総メダル数25に対して3人になります(比率にして12.0%)。柔道の石井慧さん、水泳の北島康介さん、フェンシングの太田雄貴さんです。ただ、石井さんの場合は、『石井魂——「金メダルを捨てた男」が明かす“最強”への道』という著作タイトルからもわかるように、純粋にメダリストとしての軌跡を描いた著作ではありません。
2012年ロンドン大会では、総メダル数38に対して6人となります(比率にして15.8%)。柔道の松本薫さん、ボクシングの村田諒太さん、レスリングの小原日登美さん、水泳の入江陵介さん、寺川綾さん、松田丈志さんです。全員が出版するというわけではありませんが、徐々に、メダリストの自著出版率が上がっているように思います。