意識的な「啓発」への誘導
さて、ここまでみてきましたが、一言でいうと、傾向はバラバラです。インタビュー、エッセイ、啓発的なハウ・トゥ本、自伝等々。メダリストという超一流のアスリートであるからといって、同じように自著の内容が自己啓発的、求道的であるわけではないということです。
これは近年のいわゆる「なでしこ」、女子サッカー選手の手がける著作でも同様です。澤穂希さんは自伝(『ほまれ』)、夢を叶えるためのハウ・トゥ(『夢をかなえる。——思いを実現させるための64のアプローチ』)、リーダーシップ論(『負けない自分になるための32のリーダーの習慣』)とさまざまなタイプの著作を手がけています。また、丸山桂里奈さんは『逆転力——マイナスをプラスにかえる力』という「逆転の一言」が各節の終わりに示される自伝的エッセイを、川澄奈穂美さんは『夢をかなえるチカラ——なでしこ☆川澄奈穂美の笑顔の秘密』というブログ記事を主体としたエッセイを、それぞれ刊行しています。
TOPIC-1で述べたことを改めて繰り返しておくと、スポーツ関連書籍は、タレント本の要素を強くもっているといえます。だからこそ、フォトエッセイやブログの書籍化といった、ファンブックのようなスタイルが可能になるわけです。しかし、こうした書籍のタイトルには「夢を泳ぐ」「夢をかなえる」といった言葉が並び、自伝やエッセイの節・小見出しにも啓発的な文言が並びます——最も多くみられる言い回しは「あきらめなければ夢はかならずかなう」というものです。加えて近年では、太字でこうした「重要な言葉」が強調され、また1ページを使って、大きな文字で「名言」がピックアップされる、といった編集が加えられています。
スポーツ関連書籍の読者は、以前からそれらを読んで、思い思いに自らの糧としてきたのだと考えられますが、近年の傾向はそうした営みが意識的にさせられようとしている点で、かつてと異なっていると考えられます。好きなスポーツ選手や監督の著作を読んで、自由に自らの糧とするのではなく、啓発的なタイトルが冠され、また重要な言葉があらかじめピックアップされ、啓発されるべき言葉へと誘導されるという現状——。いわば、スポーツが自己啓発の言葉と、自己啓発に誘導するような書籍制作の手法に包囲されているようにみえるのです。
こうした現状は、私たちが自由に、純粋にスポーツをみて楽しむことをむしろ阻害しはしないでしょうか。いや、おそらくこのような私の考えは時代遅れなのでしょう。いまやスポーツをみるという行為は、ただ素晴らしいプレーをみるという行為ではなく、選手がそこまでにたどってきた人生の物語を、そこまでに行ってきた自己啓発や鍛練を、そしてそのタレント性を、選手が勝負を賭けるその瞬間に一緒くたに消費する行為になっているのでしょう。2011年、「プロサッカー選手、初の自己啓発書」と明確に銘打った本が登場し、100万部のベストセラーとなります。
『前に進むチカラ――折れない心を作る7つの約束』
北島康介/文藝春秋
『石井魂――「金メダルを捨てた男」が明かす“最強”への道』
石井慧/講談社
『絆があれば、どこからでもやり直せる』
小原日登美・小原康司/カンゼン
『ほまれ――なでしこジャパン・エースのあゆみ』
澤穂希/河出書房新社
『夢をかなえる。――思いを実現させるための64のアプローチ』
澤穂希/徳間書店
『負けない自分になるための32のリーダーの習慣』
澤穂希/幻冬舎