メダリストは何を語っているのか

さて、近年のメダリストの著作を紐解いてみることにしましょう。まずみたいのは松本薫さんの『夢をつなぐ』です。同書の奥付には2012年12月5日発行とあります。松本さんが金メダルを獲得したのは同年7月30日ですので、かなり短い期間で出版交渉から執筆、出版までが一気になされたといえます。このような短期間での制作によるものかはわかりませんが、同書は本人へのインタビュー、父親へのインタビュー、所属先柔道部の監督インタビュー、編集サイドによる解説文などが入り交じった構成となっています。

小原さんは夫の康司さんと共著で『絆があれば、どこからでもやり直せる』という著作を刊行しています。連載でここまで扱ってきたどの著作とも異なる、二人の語り手が幾度もバトンタッチしながら、二度の引退を経て金メダリストになった日登美さんの人生を語っていくというスタイルの著作です。

寺川さんの『夢を泳ぐ。——寺川綾公式フォトエッセイ』は、そのサブタイトルが示すように、グラビアとエッセイが半々という構成になっています。ただそのなかに、平井伯昌コーチに教えられた、目標を明確に描き、そこに至るために何をすべきかを考えるといった思考法の話がでてきます。

これはメダル獲得の直後ではありませんが、同じく水泳の北島さんが2011年に出版した『前に進むチカラ——折れない心を作る7つの約束』においても、平井コーチ経由での思考法の話が登場します。北島さんの著作で目を引くのは、メンタルトレーニングや目標設定について実に理路整然と自分の考えを述べているところです。たとえば次のような言及があります。

「何よりも大切にしなければいけないのは、まずはしっかりと自分の気持ちと向き合うことだ。自分が何をしたいのか、どうなりたいのか。新しいアクションを起こすには、まずしっかりと自分の気持ちを確認しなければならない。中途半端な気持ちで足を踏み出すと、そこから得るものも中途半端になりがちだ」(20p)
「人生にはいろいろな選択肢がある。その選択に責任を持てるのは、結局自分自身でしかない。『あの人がこう言ったから』、『常識的に考えると……』、そこに言い訳があるとすれば、その選択が間違っていたと思った時に後悔することになるのではないだろうか。そうならないための方法が『とことん素の自分と向き合う』ことだと僕は思っている」(52-53p)

章のタイトルも、「進化のための変化を恐れない」「やるべきことに優先順位をつける」「体の声、心の声に耳を傾ける」「プレッシャーを力に変える」「頑張りすぎない勇気を持つ」といったものが並びます。具体的に、目標設定のあり方として示されるのは「まずは要素を一つ一つ整理して、『何を』『いつまでに』『どこまで』達成すべきかを考えていくと、自分の課題がクリアになっていく」(82p)という、自己啓発書一般でよくみられる「夢をかなえる」技法です。

一方、これもメダル獲得直後ではありませんが、ハンマー投げの室伏広治さんによる『超える力』では、「自身の軌跡を整理する」(8p)とあるように、競技生活の中で起こった出来事とそれぞれについて考えたことが淡々と語られていきます。室伏さんはトレーニングについての独自の哲学をもっている、といったことがしばしばメディアで紹介されますが、自著ではハンマー投げから切り離され一般化された教訓が語られることはなく、自伝的なスタイルで自らのハンマー投げに関する考えと出来事がただ綴られています。