TOPIC-1 「極端な事例」から現代社会を読み解く

この連載のコンセプトは、「自己啓発書に映し出される『社会』を読み解く」です。ここでの「自己啓発書」とは、人の生き方や働き方、考え方、行動の仕方などを扱う書籍という、とても広い意味で用いています。では、このような自己啓発書に社会が映し出される、とはどういうことでしょうか。

私たちの多くは常日頃、自分はどう生きていくべきか、どう働いていくべきか、といったことを考え続けているわけではないと思います。常日頃どころか、お酒の席でもなかなか語られる話題ではないかもしれません。こういったことがらは概して、私たちの心の中で特に形をなすこともあまりなく、日々移ろっているものではないでしょうか。

それに対して、自己啓発書はこういったことがらを端的に扱い、私たちのあるべき生き方や働き方をはっきりと言明してくれるものです。社会学者の見田宗介さんはかつて『現代日本の精神構造』(弘文堂、1965、186-7p)のなかで、「平常な」事例においては曖昧なままに潜在したり、中途半端な表われ方をしたり、相殺されてしまう諸要因がより鮮明なかたちで、顕在化した状態で析出できるとして、「極端な」事例をとりあげることの有効性を指摘していました。この連載の目的もここにあります。

『現代日本の精神構造(新版)』
  見田宗介著/弘文堂/1984年

つまり、私たちの日常生活のなかでは曖昧なままになっていることがら――どう生きるか、どう働くか等――が、端的に「結晶化」されているメディアとして自己啓発書を位置づけたうえで、その結晶がいかなる社会的背景のもとに生まれたのか、結晶のかたちはかつての社会とは異なるものなのか、結晶は現代社会の誰を魅了しているのか(いないのか)、といったことを考えていこうというわけです。

連載では毎月、自己啓発書に関して近年目につく動向を一つとりあげ、現状の説明、そこに至る系譜、考察という順に論を進めていきます。テーマの選定基準は、週ごとの細かい動向が分かる『週刊日販速報』(日本出版販売)を中心としたベストセラー動向を基本線とし、筆者が行ったビジネス書編集者や書店員へのヒアリングを補助線とします。