この理論は、田中氏自身が波乱の仕事人生から抽出したものである。田中氏は大卒後ホンダに入社し、事務系の学卒者としては珍しく工場の現場を経験した。
「海外営業部に入りたくて入社したのに、鈴鹿製作所の工務課で3年間、肉体労働をやりました。200人くらいの職場ですが、知るかぎり大卒者は誰もいない。周囲は最初から『大学出にできるのか?』というネガティブな空気に包まれていました。しかし、僕はその中で生き抜いていかなければならない。だから、求められる仕事は他の連中に負けないくらいきちんとやりました。役に立つ男だと思われないかぎり、まわりは絶対に認めてくれませんからね。職場に貢献し、『市民権』を得たうえで、僕しか考えないようないくつかの仕組みを開発しました。それによって、徐々に一目置かれるようになったのです。こういう経験をさせてもらったから、苦労はしてもすばらしい環境だったと思います」
どのような境遇に置かれても、自分への期待を察知し、それに向かって努力して仲間に貢献する。その過程で、自らに対する期待を修正し、「市民権」を得る。そうして空気をつくり、やがて、空気を支配するのである。
「本を読め、しかし読まれるな」
田中氏の自戒である。人は経験から学ぶべきで、本を読むのはそうして得た真理を確認する作業にすぎないという。「空気を支配する」とは、この境地に達することをいうのである。
1966年、群馬県生まれ。早稲田大学卒業後、リクルート入社。人材コンサルティング会社などを経て、2010年より現職。経営人材の採用・育成、転職支援を手がける。著書に『「社長のヘッドハンター」が教える成功法則』等。
フライシュマン・ヒラード・ジャパン社長 田中愼一
1978年、本田技研工業入社。83年よりワシントンDCに駐在、政府議会対策、マスコミ対策を担当。94年セガ・エンタープライズ入社、海外事業を担当。97年フライシュマン・ヒラード日本オフィスを立ち上げ、代表就任。