「食通」上司の意外な素顔
ぼくが松下電器(現パナソニック)のサラリーマンだった頃、社内で食通、酒通といわれていた渋い上司がいました。
知る人ぞ知る隠れた名店を何軒も知っていて、そんなお店を夜な夜な飲み歩いているという噂の上司です。
ある夜、駅の近くで、その上司とばったり会ったのです。
上司はすでにどこかで飲んできた様子でしたが、ぼくを見つけるなり「一杯行こう」と誘ってくれました。ぼくはその上司に憧れを抱いていたので「どんなステキなお店に連れて行ってもらえるんだろう」と内心ワクワクです。
ところが、上司が向かったのは、その場からいちばん近いごく普通の居酒屋。サラリーマンでごった返す、どこにでもあるような大衆居酒場でした。
「こだわり」に囚われない
上司は店に入るなりコップ酒を頼み、実に美味しそうに飲み始めます。
これまでにさまざまな一流店に通い、酒に関しても一家言を持っているはずなのに、そんな知識やこだわりはいっさい口にせず、店の雰囲気に溶け込みながら、ただ美味しそうに酒を飲む。その姿があまりにも自然体で、感激したことを覚えています。
その夜の酒席が楽しかったことは言うまでもありません。
酒や料理にこだわりを持つのは、決して悪いことではありません。産地特有の味わいや楽しみ方を把握しているのは、むしろ素晴らしいことです。
もちろん、ぼくにだってこだわりはあります。
ですが、そんなことに一切こだわらない夜があってもいい。