その結果、インバウント需要の追い風もあり、入社時には1億円にも満たなかった売り上げが、2017年度の決算で5億円を超えるまでに成長した。有巣氏が入社してからの約7年間で、売り上げを6倍以上に伸ばしていた。

看板商品である「四ツ星」の販売量もさらに拡大し、現在ではタンク4本(当初の販売量の4倍)にまで拡大している。事業承継前からは信じられないような好業績となっていたのだ。

コロナ禍に痛感した日本酒の弱点

順調に業績を伸ばしていたが、2020年2月から本格的に拡大した新型コロナが経営を直撃した。それまで右肩上がりであった売り上げは一気に減少し、2020年4月には、前年比で9割以上も減少した。当然店舗も休業を余儀なくされた。

コロナ禍で日本酒の出荷が一斉に止まり、大量の在庫を抱えることになった。

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本来、日本酒はアルコールの作用で腐敗しにくいため、未開封であれば長期保存は可能である。しかし、腐らないといっても実際には美味しく飲める期間にも限度がある。徐々に熟成が進み、味わいが変化するため、蔵元としてはなるべく早めに飲むことをおすすめしている。舩坂酒造店では、普通酒で約1年、吟醸系では約半年が目安となる。

有巣氏はしぼりたての新酒の美味しさを味わってほしいとの想いから、フレッシュな日本酒を提供することに取り組んでいた。造った酒をすぐに瓶詰めして冷蔵保管することで、熟成が進むことを極力抑えるようにしたのだ。

これにより、顧客は新鮮な美味しい酒を飲むことができ、会社としてもキャッシュが早く回るようになる。顧客と会社がWin-Winの関係になる理想的なビジネスだと考えていた。ところが、いったん出荷が止まると生鮮食品と一緒で、見る見るうちに鮮度は落ち、価値が下がっていく。

そのときに初めて在庫を持つことの恐ろしさを思い知らされたのだ。

在庫を抱え続けるリスク

「当社は輸出にも力を入れていたので、そのときは海外に販売することでなんとか在庫を売りさばくことができました。しかし、時間が経過して価値が落ちてくると結局安売りしないと売れなくなってしまいます。フレッシュな日本酒は、市場環境によっては必ずしもキャッシュフローが良いわけではないことに改めて気付きました」

有巣氏は経営が厳しい中でも、なんとか踏ん張って従業員を1人も解雇することなく雇用を維持し続けていた。このため、GoToトラベルキャンペーンの効果が出始めた2020年の秋ごろからは、同社の売り上げも少しずつ回復し始めた。あきらめなければなんとかコロナの危機を乗り越えることができそうだという自信を感じ始めていた。