「負け組だと思われている」友人の一言に悔し涙

舩坂酒造店に入社して1年くらい経った2011年、全てを捨てて逃げ出したいと思ったことがあった。

「元同期の結婚式に呼ばれて東京に行ったんです。披露宴で二人の海外旅行の写真が紹介されてとても楽しそうでした。その一方で自分はというと、とにかく毎日仕事が忙しくて彼女を作る時間もありませんでした。本当にうらやましかったですね」

夜には結婚式の2次会があったが、有巣氏は仕事の都合でどうしてもその日のうちに高山に帰らなければならなかった。周囲に自分は参加できないことを伝えると、仲の良かった友達数名が、新幹線に乗るまでの2時間ほど付き合ってくれた。昼間から開いていたダーツバーで仕事や給料の話などをして盛り上がった。

帰る時間になって有巣氏が自分の分を払おうとした。すると友達の一人が「払わなくていい」と言った。

「お前は給料安いんだから払わなくていいよ。だからもう帰れよ」

「そのときは本当にその一言がショックでした。今から考えればそれほど気にすることでもない気がしますが、当時の自分はそれくらい余裕がなかったんですね。俺は元同期にこんなことを言われるのか。こいつらは俺のことをきっと負け組と思っているんだと考えてしまったのです」

酒で酔っぱらっていたせいもあって、腹が立ったり情けなかったりで、何とも言えない気持ちになった。自分は1年間こんなに頑張ったのに、実は負け組だったのだと思い知らされたように感じてしまい、悔しくて、帰りの新幹線の中でずっと涙が止まらなかった。

夜の街中を走り抜ける新幹線
写真=iStock.com/JianGang Wang
※写真はイメージです

書店で見つけた稲森和夫氏の本

名古屋駅から高山行きの特急に乗り換えるため、1時間くらいの待ち時間があった。このままどこかに行ってしまおうかと考えたが、そうすることもできず、いつものように近くのJR名古屋高島屋にある書店に立ち寄ってみた。

なんとなく本を眺めていたら、1冊の本が有巣氏の目に留まる。稲盛和夫氏の『生き方』だった。稲盛氏の本はそれまで一度も読んだことはなかったが、気が付いたらその本を購入し、喫茶店で読み始めていた。

「さまざまな判断を積み重ねた結果がいまの人生、今日という一日を一生懸命に過ごす――。読み始めると、今の自分が恥ずかしくなるような言葉がいくつも目に飛び込んできました。自然に本に引き込まれてしまったのです。そこからは、もう夢中になって読んでいましたね」

どうやって電車に乗ったかも覚えていない。電車に乗ってからもずっと読み続けていた。電車の中で2時間半、ずっと本を読みながら泣いていたのだ。高山に着いた頃には全部読み終えて、有巣氏はなんだかスッキリしていた。

「何か吹っ切れたんですね。自分が悩んでいたことがとても小さなことに思えてきて、やっぱりもう一度頑張ろうと思えるようになったのです。このときが人生で一番落ち込んだときでした」