「アートで大衆をつなぐ」という新しさ

バンクシーのアートは、実は、先史時代の壁画とも似ています。壁にスプレーで顔料を吹き付けて描くという手法までも古代壁画と同じなのです。しかし、それ以上に大勢に何かを伝えたい、みんなの思いを一つにして祈りたい。そんな気持ちが同じなのです。

覆面アーティストであるバンクシーは、消費することに一喜一憂する物質的な欲求や、戦争に関する問題といったことをテーマにして、社会に問い直しているように感じます。これは、いつも皮肉屋でブラックジョークがお好きなイギリス人らしい表現でもあります。さらに資本主義や社会的格差などを痛烈に風刺しているバンクシー自身も消費される存在となっていることが、最も皮肉なことだと思います。

キース・ヘリングはストリート・アートから出発し、次第に自分のアートを追求するようになりました。アートを通じて人々を巻き込む可能性を感じていたと思います。キースはアートによるビジネスで稼いだお金を社会活動の支援を行うスタイルをつくりました。「アートで大衆をつなぐ」という点にバンクシーやキースの新しさがあります。それは先史時代の祖先たちが始めた「何らかの表現で社会をつなぐ」という行為と限りなく近い気がします。

Point
先史時代のアートとストリート・アートは「何らかの表現で社会をつなぐ」行為で通じている。

「金ピカうさぎ」が100億円で落札され話題に

ポップカルチャーのアイコンを作品に取り入れた、ちょっと悪趣味なステンレス彫刻で知られているジェフ・クーンズ。2019年に金ピカうさぎの『ラビット』が現存作家の最高額、約9110万ドル(当時約100億円)で落札され、「低俗で安っぽいうさぎがなぜ100億円なのか」と話題になりました。もはやアートなのか、ゲームなのか分からない、最新の炎上系アートとして面白がられているのだと思います。

ナカムラクニオ『美術館に行く前3時間で学べる 一気読み西洋美術史』(日経BP)

アトリエに多くのスタッフを雇い、巨大工場を運営するように制作しているところも、現代的です。しかし、ルネサンス時代のラファエロ・サンティやバロック期のピーテル・パウル・ルーベンスなどヨーロッパの巨匠たちも、大規模な工房を構え、大量の受注をこなしていました。美術史的な観点から見ると、クーンズの生産スタイルも古典的であるともいえます。

クーンズは、1980年代に流行したシミュレーショニズムのアーティストです。コピーや模倣というスタイルを武器に使い、アメリカの繁栄をシニカルに表現しているともいえるでしょう。

初期の代表作は、水槽の中に3つのバスケットボールを浮かべただけの作品、チンパンジーのバブルスを抱いているマイケル・ジャクソンの金ピカ彫刻、大量生産された新型の掃除機をアクリルケースの中に並べただけの作品などが知られています。ポルノ女優で妻だったチチョリーナと一緒に『メイド・イン・ヘブン』という巨大看板のような作品を制作したこともありました。そして、バルーンアートのうさぎを鏡面仕上げのピカピカなうさぎに変身させた『ラビット』で一躍、誰もが知るスターとなったのです。

写真=AFP/時事通信フォト
ジェフ・クーンズ氏の『ラビット』。現存作家の最高額、約9110万ドル(当時約100億円)で落札された