昇進できるよう心血を注いだ官僚たち
【杉本】ところで、除目のさい捧げる申文――自己推薦状というのは面白いわね。秋は京官の任命、春は県召除目をさすのが原則だけど、今の人なら恥ずかしいわ。自分の長所、美点、能力や功績をれいれいしく書き並べてPRするなんてね。
しかも『枕草子』あたりを見ると、春の除目は正月(編集部注=太陽暦で2月頃)だから「雪降りいみじう凍りたる」中を鼻水をすすりながら老吏が女房たちの局の外庭へやって来て、「よきに奏したまへ、啓したまへ」、つまり、女御や中宮にまで手を回して昇進の依頼をする。その有様を真似して、部屋の中で女どもがクスクス笑うさまが描写されているわね。
かと思うと、「今期こそ必ずあの人はよい地位につく」と見越して、分け前に与ろうと友人親類が集まってきたのに、遂にその時刻になっても何の音沙汰もない。みんな居たたまれずにコソコソ帰って家族だけが残ったというような悲哀が書いてあるけど、官僚とすれば出世以外に生き甲斐も人生の目的もない……。
中宮や高位な人の「推薦」が出世に響いた
【永井】だからクビになるわけにいかない。だけどね、「中宮に啓したまえ」というのは、逆の見方をすれば、それだけ女の発言権があるということですよ。
【杉本】そうね、中宮や皇后は公人だから、江戸時代の側妾が寝物語のついでに殿さまに「わたしの弟をお側用人に……」とねだるのとはちがう。しかし女謁ではあるわけよ。その中宮の実家の背景と天皇への発言権の強さをあてにして縋るわけだから……。
【永井】情実が堂々とまかり通った時代なのよ。
【杉本】それと賄賂。
【永井】そう。ある程度の位がある人は、自分の知り合いを推薦することができるの。
【杉本】その場合は叙料ね。賄賂とはちがうわね。推薦して通ったらば、位の場合は叙料、官職の場合は任料を持ってくることが、公然たる決まりになっていたんだから……。
【永井】そういうことができる人は、それがひとつの資格というか、名誉なのね。