1億3千万円相当の「賄賂」の価値

【杉本】でも、皇胤源氏から地方へ国司として出て、ためこんでもどって中央に再アタックしはじめた連中なんか、これはもう完全な賄賂攻勢よね。例えば道長の土御門邸が焼けたとき、源頼光が運び込んだでしょう、目をおどろかすばかり豪華な調度一式……。

【永井】オール・インテリアを引き受けた。今のわれわれが考えている以上のものすごい富の集積があるわけね。例えば、受領クラスの佐伯公行という男がいるわけですが、彼は、売りに出た藤原為光の屋敷をその娘から買って、そっくり東三条院詮子に寄付しちゃう。

私が調べたら、今のお金で1億3千万円もする。そうすると、東三条院の口添えで、また播磨介に任ぜられる。その収入、もう1億3千万円どころじゃない。

【杉本】すぐそのくらい回収できるね。

道隆一族の悲劇が描かれなかった理由

【杉本】少し方向転換しましょう。どうもわれわれの話題は野郎っぽい。(笑)

【永井】女の話。紫式部と清少納言。

【杉本】オヨヨッて感じ……。(笑)

【永井】どっちも、私、好きじゃない。あなたは?

【杉本】両方とも。(笑)

【永井】そうね。もの書きには、いい女はいないのだ。(笑)

【杉本】でも、一抹きくすべきとこもあるのよね。(笑)

『枕草子』に中関白家の悲劇について詳細な描写がほとんどないことについて、いろいろ説があるけど、あなたどう思う?

【永井】私は『栄花物語』と同じ態度だと思う。清少納言が仕えていた中関白家は道長と対立して没落してしまう。中宮定子は子供を産むけど、その子は出世の見込みはないし、しかも3人めの赤ん坊を産んで死んでしまう。それを清少納言は見ているわけでしょ。

これは、悔しいから書かないという考え方があるけど、私はそうじゃないと思う。そういうことは書くべきじゃないのね。それが一種の美意識であり、礼儀なのよ。

『栄花物語』の著者、赤染衛門という説がありますが、彼女は、「皇子誕生の喜びを分かち与えるために伊周を京に呼び戻した」と書いてますが、事実は、まだ皇子はこの時には生まれていない。むしろ東三条院が病気になったのでたたりがこわかったの。だけど彼女はそう書かない。つまり、事実と礼儀のどちらが優先するかといったら、礼儀なのよ。私たちの歴史意識と違うわけ。