親のいない子どもを取り囲む現実…あまりにも多い「虐待」による保護

ここで少し、日本の里親制度について説明したい。坂本さんが預かり育てている里子たちは、虐待などで親と暮らせなかったり、保護者がいなかったりする子どもたちで、「要保護児童」と呼ばれている。このような子どもたちは公的な責任として社会が育てなければならず、これを「社会的養護」と呼ぶのだが、この言葉をこれまで耳にしたことはあるだろうか。

恥ずかしながら、私も取材で聞くまでは、聞いたことも使ったこともない言葉だった。それほど親と一緒に暮らすという、「普通」の環境にいない子どもたちは、よほど目を凝らして注意深く見つめなければ、社会から見えない存在となっている。

日本では現在、約4万2000人の子どもが社会的養護の対象となっているが、理由は「虐待」が他を圧倒しており、その数は年々増えるばかりだ。

社会的養護の場で育つ子どもたちは、どんな場所で暮らしているのか。

最も多いのは児童養護施設で、乳児院や児童自立支援施設など「施設」で育つ子どもが8割ほどを占める。坂本さんのような「里親・ファミリーホーム」という「家庭」で育つ子どもの割合は、極めて少ないのだ。

各国の里親委託率を見れば、日本が23.5%なのに対し、オーストラリアは92.3%、カナダは85.9%、イギリスが73.3%と、多くの国では里親などの「家庭」で育つことが当たり前になっている。施設養護に偏っている日本は国際的非難を受け、国は里親委託を推進しているが、その歩みは遅々としているのが現状だ。

また、ひとえに里親と言っても種類があり、坂本さんや歩くんが担う「養育里親」とは、養子縁組を目的とせず、要保護児童を養育する里親のこと。他に「親族里親」や専門的知識を有する「専門里親」、養子縁組を目的とした「養子縁組里親」がある。里親には「措置費」という手当が支給され、2024年1月の記録によれば、養育里親の場合、9万円(2人目以降:9万円)、専門里親の場合、14万1000円(2人目:14万1000円)となっている。

そのほか、食費、被服費、日用品代に子どものお小遣いなど、里子の生活にかかる一般生活費が、乳児1人あたり6万2020円、乳児以外5万3710円が毎月支給されるほか、教育費、医療費など、自治体による、さまざまな加算がある。このように東京都は加算が高いため、坂本さんも19人を預かるということが現実に叶ったのかなと思う。

一方、子どもの心身の成長を考えるとそのつど必要になる塾代(中学からは支給される)やレジャー代などのもろもろの費用は含まれないため、里子が大きくなるごとに家計の負担が増えたり、支給はされるものの立て替える期間があったり、自治体によっては加算が低かったりするのが、国内で里親制度が進まない一因になっているのかもしれない。

ちなみに養子縁組には実親との親子関係が消滅せず、実親の名前も戸籍に記載され、続柄が「養子(養女)」と記載される「普通養子縁組」と、実親との関係が消滅し、戸籍の続柄は「長男(長女)」と記載される「特別養子縁組」があるなど、調べてみると複雑で、ニュースでは一括で「里親」と表現されるが、里親と実親のトラブルの背景にもさまざまな事情があることが想像できる。

坂本家から巣立った里子たちのその後

これまで巣立っていった19人の里子のうち、何名かには何度か取材し、その後の様子を聞くなどしている。

例えば3歳で坂本家に来た広己くん(28歳)は今、九州の離島で公務員になり、生活相談にのったり、支援や援助を行ったりするソーシャルワークの業務に就いている。以前取材したとき、彼は「生みの母の顔は思い出せない」と語っていた。

今から約25年前、通報されて児相職員が駆けつけたアパートには、幼い広己くん一人だけが取り残されていたという。

「母は、シングルマザーだったと思います。もちろん父親というのもいたんでしょうが、母は一人だった。当時にもう少し、シングルマザーへの支援があったなら、また今の僕と母の関係は違ったのかなぁって……」(広己くん)

苦しそうに言葉を吐いたあとに、悔しそうに唇を噛んでいだ。だから今、広己くんはソーシャルワーカーとして働いているのだろうか。

一方、坂本さんと共に「坂本ファミリーホーム」の里親をしている歩くんは、大学院で数学を専攻していたが、坂本家に残り養育里親になる道を選んだ。

大学生の時に、歩くんは取材でこう語っていた。

「ぼくは、広己のようには、お母さんに甘えることができない。遠慮があって。でもこの前、ものすごく勇気を持って、お母さんと喧嘩しました」(歩くん)

坂本さんは、歩くんのことをこう語る。

「歩はずっと、優等生でお利口さん。3歳でうちに来た広己に対して、歩は小1でやっと家庭というものに入ったの。施設を転々として育つうちに、嫌われないように、捨てられないように、鎧をかぶって、自分を隠して生きるクセがついたんだと思う。だから、本音を出すのが得意じゃなくて、それは今でもそう。私はそれをどうやって引き出すか、いろんなチャレンジをしてきているんだけど。20歳のころに一度大喧嘩してからは、ちょこちょこ喧嘩するようになって、その前よりは歩も思っていることを言えるようになったかな」

撮影=プレジデントオンライン編集部
「わたしは、里子は実年齢ではなく、この家に来てから過ごした年が本当の年齢だと考えているの」。安心できる場所に辿り着いてから、ようやく、その子の本当の人生が始まるのだ。部屋の壁に、子どもたちの誕生日を祝う飾り付けがされていたのが印象的だった。

そんな歩くんの本音に坂本さんが触れた気がしたのは、養子縁組を組むかどうかという話し合いをしたときだった。