輪番停電で海外ロケを検討
「こういう時期だからこそ、テレビCMをやるべきだと考えています。テレビCMを作ってもよいでしょうか」
鈴木社長は「こういうときこそ、志を見せるんだ!」と即座に快諾。東北への鎮魂の祈りを込め、新たなCMを制作することが決まりました。
ところが、当時はまだ輪番停電が続いていました。そこで、CM撮影のために膨大な電力を消費するのを避けるべく、海外ロケを検討し始めました。
ロケ地として第一候補に挙がったのがポルトガルです。
ポルトガルの首都であるリスボンは、1755年に大地震に伴う津波の被害に遭い、市民の3分の1が亡くなり、85%の建物が損壊するという欧州史上最大の自然災害に見舞われています。
これから復興を目指す日本に向けたCM制作をする上で、またとない場所が見つかったのです。
「何かあったら、鹿毛をクビにしなければ」
しかし、震災直後で社内は混乱状態にあり、「消臭力」を製造していた福島工場は被災して稼働再開の見込みも立っていませんでした。
そんな中、能天気ともとられかねない、海外撮影の企画を出して良いものか。ためらいがなかったかというと嘘になります。
しかし、私が企画書を片手に社長室を訪れ、説明をした直後、鈴木社長は立ち上がり、「鹿毛君、素晴らしい!」と握手を求めてきました。
「東北への恩返しですね。どんなCMになるか期待しています。あなたの、そしてエステーの心意気を見せるものを作ってきてください」
そう力強く励まされて、私は感激で胸がいっぱいでした。まさか、鈴木社長が内心、「何かあったら、鹿毛をクビにしなければ」と覚悟を決めていたとは夢にも思っておらず……。
「日常に戻ろう」を合言葉に
私たちCM制作チームがポルトガルに向かったのは震災から2週間後のことです。
当時、鈴木社長は「日常に戻ろう」を合言葉に、本気でさまざまな商品をお客様に届けようとしていました。その志を伝えるために、CMは大切なお客様との接点のひとつですが、CMだけですべてを伝えることはできません。
Twitter(現X)を通じて、「CMの背景に映っているのはリスボン」だと知ってもらう、テレビや新聞の報道では「社長の思い」を届ける、ネットニュースでは「日常に戻ろう」の活動を広く伝えるなど、それぞれの接点で何をすべきかを考え、ひとつひとつを実行に移していきました。
これらがしっかりとつながったおかげで、当時のお客様の生活の中に「消臭力」はお邪魔させてもらうことができました。
その結果、消臭芳香剤でのシェアが1位になりました。
制作物とメディアの関係性を理解すると、点と点をつないだ力強いクリエイティブを生み出すこともできます。
この全体像を考えることこそ、あなたの役目です。
最初は妄想で構いません。世の中がこうなったらいいなあと想像してみてください。
それぞれのメディアや制作物を使って、世の中にどんな喜びを提供できるかを考え抜いてください。点と点を結ぶことで、その先に何が見えるのか。あなたの頭の中にあるストーリーをクリエイターに話してみてください。きっとクリエイターは力強く助けてくれることでしょう。