生活様式の変化で「洋服の虫食い」を経験する人は減った。それなのに衣類の防虫剤「ムシューダ」は、いまでもエステーの看板商品だ。CM制作を担当した鹿毛康司氏は「『洋服の虫食いを避けたい』はコアなニーズではなくなった。しかし『虫に関わりたくない』というニーズはある。その点を訴求すれば、きちんと売れる」という――。

※本稿は、鹿毛康司『「心」が分かるとモノが売れる』(日経BP社)の一部を再編集したものです。

ワードローブ
写真=iStock.com/Rike_
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虫食いは減っているのになぜ?

エステーの看板商品の一つに、衣類の防虫剤「ムシューダ」があります。衣替えの時季にタンスやクローゼットにこの商品を設置するだけで虫から衣類を守ってくれるという優れもので、春と秋に集中して売れる季節商品です。「♪においがつかないムシューダ」というサウンドロゴの認知とともに、今や衣類向け防虫剤市場で圧倒的なシェア1位を誇ります。

しかし、この商品にも課題があります。それは生活様式が大きく変化していることです。着物から洋服に変わり、さらにはファストファッションの普及によって同じ洋服を着続けるという習慣は薄れつつあります。昔はどこの家にもタンスが当たり前のように置かれていました。しかし今はタンスではなく、クローゼットのある生活に変わってきています。

これまで防虫剤の最もコアなニーズは「洋服の虫食いを避けたい」でした。ところが、流行している洋服を安価に購入して、季節ごとに買い替えるという生活へと変化する中で、そもそも洋服の虫食いを経験した人が減少しています。

虫食いの経験がなければ、それを問題点と捉えなくなり、防虫剤は必要ないと思われても不思議ではありません。そのため、エステーでは長年にわたって「虫食いの大変さ」と「防虫剤の意義」を伝えるマーケティングで、コアな機能価値を伝え続けてきました。

怖い怖い“あの虫”を見て気づいたこと

しかし、2018年に大きな転換点を迎えます。きっかけは、エステーと友好関係にあるフマキラーの研究所を訪ねたときです。研究所ではさまざまな虫が飼われています。その中には、世界中のゴキブリも含まれています。見せられた瞬間、思わず見学者全員が後ずさりしました。研究員の方に「このゴキブリは悪い菌など一切持っていないから安心してください」と説明され、頭では分かっていても恐怖が先に立つのです。

その後、殺虫剤を使った実験を別室で見学させてもらったのですが、研究に対する尊敬の念とは裏腹に、つい後ずさってしまう自分たちがいました。

似たような光景を見たことがないだろうかと記憶をたどると、浮かんできたのは自分の子供たちの姿です。私には3人の子供がいますが、全員が大の虫嫌いです。家の中でも外でも虫を見かけると「おとう! 虫!!」と私を呼びつけ、駆除をせがみます。害虫かどうかは関係ありません。とにかく虫は嫌いで近寄りたくないもの。父親任せにして、関わりを持たないようにするのが常でした。