認知症=何もできなくなるわけではない
私が1996年に『老人を殺すな!』(ロングセラーズ)という本を出したとき――認知症がまだ「痴呆」と呼ばれていた時代のことですが、「痴呆症の診断は遅ければ遅いほうがいい」と書きました。
つまり診断を下さないで、それまで通りの生活を続けさせることがいい、と。
なぜなら、その当時はまだ介護保険制度はありませんでしたし、「痴呆症ですね」と診断した途端、家族や周囲の人はその高齢者を家に閉じ込めたり、仕事を辞めさせたりするのが少なくとも東京では通例だったからです。
だから気の利いた医者は、「痴呆症かもしれないし、そうじゃないかもしれないし、ちょっと脳の老化はあるみたいだけど」みたいな言い方をして、「これまでの生活を続けてくださいよ」とアドバイスしていました。
認知症になったといっても、いきなり何もかもできなくなるわけではありません。「残存機能」といって、昔から習慣づけていた行動なら、認知症になっても変わらずにできることはたくさんあるのです。
心配ゆえにすべてを取り上げるのは逆効果
認知症の人にとって大事なのは、とにかく脳を使って残存機能を活かし続けることです。認知症の診断を受けることによって、デイサービスに行きましょうとか、なるべく脳を使うような生活をしてみましょうとか、そういう話になれば、早期発見と早期治療の意味があります。
ところが、認知症とわかった途端、周囲の人間が、仕事は辞めさせようとか、孫の子守りはやめさせようとか、あるいは運転をやめさせようとか、そんな話になったら、かえって症状は進んでしまうのです。
そうでなくても認知症になると、意欲が低下して外出する気力がなくなり、家にこもりがちになります。そのうえ移動手段を奪ったりしたら、ますます外に出かけなくなって、認知症はどんどん進んでしまいます。
もともと認知症ではなかった人でも、免許を取り上げられて家に閉じこもるようになったら、あっという間に老けこんで、認知症になってしまうことさえ十分に考えられます。