認知症の専門医であっても認知症は避けられない
精神科医の長谷川和夫さんは2021年、92歳でお亡くなりになりました。
長谷川先生は、いまも認知症の早期診断にもっとも使われている「長谷川式」と呼ばれる検査指標の開発者です。
また、「痴呆」という侮蔑的な呼称を「認知症」に変えるよう国に働きかけ、当事者を尊重してケアをしていく「パーソン・センタード・ケア」の普及にも尽くされました。
それほど認知症の医療に大きく貢献されてきた専門医でも、認知症になることは避けられません。自ら認知症であることを公表したのは、88歳のときでした。
「年を取ったんだからしかたない」と認知症を受け入れられ、認知症の実態を伝えるために講演活動を始められたのです。
新聞のインタビューや著書『ボクはやっと認知症のことがわかった』(猪熊律子氏との共著、KADOKAWA)でも語られていますが、認知症は固定した状態ではなく、認知症とそうでない状態があって、それが連続しているそうです。
つまり調子の良いときもあれば、そうでないときもあって、朝が一番調子が良く、午後1時を過ぎると、だんだん疲れてきて、自分がどこにいるのか、何をしているのか、わからなくなってくる。
夕方から夜にかけては疲れているものの、食事や入浴など決まっていることが多いから何とかこなせ、眠りについて翌朝起きると、もと通り、頭がすっきりしている、という。
調子の良いときは、いろいろな話や相談ごとなどもでき、「これほど良くなったり、悪くなったりというグラデーションがあるとは考えてもみなかった」と驚かれています。
症状を正しく理解することが人生を左右する
実際、認知症になったからといって、自分の知能や性格がすべて失われるわけではなく、そのほとんどが残っているところから、徐々に能力が衰えていくわけです。十分な残存機能も、中期くらいまでは残っています。
早い時期に認知症とわかれば、デイサービスなどで進行を遅らせることができますから、長谷川先生も講演活動を長く続けられ、マスコミのインタビューにも理路整然と答えられたのでしょう。
長谷川先生の立派なところは、自分からデイサービスに通われたことです。
社会的地位が高い人は、体裁を気にしてデイサービスを拒否されることが多いのですが、先生はそれまで認知症の人にデイサービスをすすめてきたけれど、実際にどんなことをやるのだろうと積極的に行かれた。そして行ってみたら、やはり良かった。
とくに入浴サービスは、さっぱりして実に気持ちがよく、王侯貴族のような気分だと喜ばれていました。何より職員たちが利用者としっかりしたコミュニケーションをとっているのに感心し、デイサービスを上手に利用することの大切さを改めて感じたといいます。
講演活動や著作のほかにも、子どものときから認知症への理解を深めておくことは大事だからと認知症に関する絵本までつくられました。
長年、老年精神医学に取り組まれ、認知症についてよく理解されていることが、晩年の実り豊かな生き方につながったように私には思えてなりません。
認知症の実態を知っているか知らないか。それが認知症になってからの人生を大きく左右することを長谷川先生は身をもって教えてくださった気がします。