本の薄利多売は本への信頼を奪うことになる
翻って出版業界の様相を見ると、書籍の売上は1996(平成8)年の1兆310億円をピークに2019(令和元)年には6723億円まで下がったが、出版点数は96年の6万3054点が19年には7万9103点に増えている。薄利多売を指し示すこの数字の推移は、何を意味しているのか。
「出版社の人たちが本当につくりたい本をつくっているのか、今のような状況では首を絞めることになっているのではないかと僕は思います。企画会議には、年間予算を達成するために出版点数を増やすのはやむを得ないという雰囲気があるのだろうと想像します。でも、そうやって本の乱造が続いた結果、本の価値を貶め、本への信頼を奪うことになってはいないでしょうか」
日販が発表した「出版物販売額の実態」(2021年版)によると、出版社の総数はこの20年で半数近く減少し、現在は3000社弱だという。書籍と雑誌、コミックを含めた総売上もやはり約半分に縮小し、1兆6000億円ほどにまで下がった。売上高が100億円以上の企業は29社で全数の1パーセントだが、それらの29社の売上を合わせると、売上全体の52パーセントを超えるという。
ところが、Titleの棚は売上高上位の出版社の本を中心に構成されてはいない。むしろ中小の出版社やひとり出版社の本が特等席に並んでいる日もある。誰がどのような思いを込めて何を伝えようとしてつくったのか、つくり手の世界観を確認し、そのうえで「うちに合っている」と辻山が思えば取り扱う。作品によっては、すぐに売れなくても返品されずに長い期間棚に収められている。
手元に置いておきたいものでなくてはならない
そんな辻山の話を聞きながら、ひとりの編集者が頭に浮かんだ。
大手といわれる出版社でノンフィクションの単行本をつくる部署の編集長をしているその人と、朝、カフェで打ち合わせをしていた。インターネットがインフラとなり、さまざまな事象や考えに簡単に触れられるようになった結果、人がハードウェアとしての本に求めるものは変わってきているよねという話になった。
2000円近い対価を払ってでも持ち帰りたい本とは、つまるところ、手元に置いておきたいものでなくてはならないと考えるようになったとその人は言った。長く読まれるに値する内容であるだけでなく、飽きのこない文体でなくてはならないし、加えて、装丁や装本といったプロダクトとしての美しさまでが必要だということに思い至ったのだという。