まず、実際に利用してくれた人たちの声を繰り返し聞くことから始めました。顧客の声をひたすら聞きながら商品の未来を考えることは、小説を読むことと似ています。一冊一冊から具体的な教えを得るというより、何冊も読んだ本が積み重なり、いつしか生きる糧となっていく。

『月光の東』
宮本 輝著/初版1998年/中央公論新社刊

事業を革新したり、企業理念を考えるうえで私が重要だと思うのは、「こうありたい」という未来から逆算して物事を見ること。そのためには人間の普遍的な思いや心の機微を理解することが必要ですが、小説を読むことで得られる蓄積は無視できないと思うのです。まずはこれだと思った作家の作品を片端から読んでみるといいのではないでしょうか。

たとえばクレームに対応する形で機能を改良するのは一種の対症療法であり、過去の成功体験の延長線上に物事を考えているにすぎません。しかし、そもそも商品が何のために存在するのかと発想できれば、思考は具体的な未来へとつながっていく。鉛筆という道具を例にとると、「書くため」という視点から見ることで、従来の鉛筆とは全く異なる機能を兼ね備えたワープロやパソコン端末の誕生へとつながったのでしょう。

ウォシュレットという商品も市場の成長の中で思考を重ね、商品の未来を見据える努力をしました。いま、以前なら到底不可能と考えられていた夢の機能がいくつも実現しています。読書という習慣がそのヒントをくれたことは間違いありません。