かつて「硬くて臭くてまずい」と言われた食材がある。18年にわたり捕鯨現場を取材したフリーライターの山川徹さんは「捕鯨の現場では、品質をより高める努力が続けられている。いまの鯨肉の味は昔のものとは比べ物にならない」という――。
※本稿は、山川徹『鯨鯢の鰓にかく 商業捕鯨再起への航跡』(小学館)の一部を再編集したものです。
捕鯨船員の一喜一憂
商業捕鯨移行後に変化した船員の意識を、そして商業捕鯨の本質を目の当たりにしたのは、2022年の航海がはじまった直後のことだった。
日新丸が仙台港を出港した翌日の2022年9月22日午前8時過ぎ。
この日、1頭目のニタリクジラが、スリップウェーから引き揚げられた。ウインチで引っ張られた尾びれに続き、白い腹部がモニターに映し出された。難しい表情で腕を組んで、その様子を見つめる船団長の阿部敦男は誰に言うともなくつぶやいた。
「14トンあるか、ないか……」
口ぶりに落胆がにじんでいる。期待したほど大きなクジラではなかったのだろう。
ニタリクジラは、平均すると13メートル、17トンほどになる。しかしデッキで正式に計測したサイズは平均を下回る12.6メートル、14.1トン。阿部の見立てはピタリと当たっていた。
4時間後、2頭目のニタリクジラが日新丸のデッキに揚がってきた。1頭目のクジラと打って変わって阿部の口調は軽やかだった。
「この盛り上がりがいいでしょう」
阿部は、モニターに映るクジラの丸く膨らんだ腹部のラインを指でなぞりながら、問わず語りに続ける。
「18トンくらいはありそうだな……。こいつは魚食いだな、ほら糞が黒いでしょう。オキアミばっかり食っていたら、ここまでは黒くはならない。魚食ってるから、丸くなったんだな。鯨体がパツンとしている」
しばらくしてブリッジに正確な計測が届いた。
20.27トン─―。
「よし!」
平均体重を大きく上回るクジラの捕獲に阿部はうなずいた。
捕鯨歴42年を迎えた大ベテランの一喜一憂が、商業捕鯨のひとつの象徴のように見えた。