「中トロと牛肉を足して2で割った味と食感」

日新丸のサロンでは、毎日のようにクジラの生肉が出た。

第三勇新丸の砲手・平井智也は、生肉について妻と子どもに決まってこんな話をする。

「船で食う鯨肉はすごくうまいんだ。食べさせられないのが、残念だ」

平井の言葉に全面的に共感する。鯨肉をまずい、臭い、硬い、と語る人がいたなら、ぜひ一度、生肉を食べてみてほしい。誇張ではなく、肉の概念が変わるほどのうまさなのだ。

生肉の生産と上場は、共同船舶が企業としての生き残りをかけた試みである。

社長の所英樹は生肉を「脂の粒子が細かくて上品。強いていえばマグロの中トロと牛肉を足して2で割った味と食感」と評していたが、私も日新丸のサロンで生肉を食べるたびに、ふさわしい表現を考えてみた。

弾力がありつつも、とろけるほど軟らかい。臭みがないのに、口に入れると肉独特のしっかりとした味が広がる……。が、どれもしっくりこない。

あえていえば、高級馬刺しに似ているとも思うが、表現しきれない。隔靴搔痒かっかそうようでもどかしかった。どう言語化すればいいのか。

「すべての肉の刺身の頂点です」

何気なく尋ねてみると、藤本は胸を張るようにして即答した。

「馬刺しも、牛刺しも、鳥刺しもクジラの刺身にはかないません。でも、うち(共同船舶)の出荷量を日本の人口で割ると、一人に焼き鳥の串1本分が行きわたるかどうか。食べられているのはひとりあたり数グラム程度なんです」

クジラ肉の刺身
写真=iStock.com/istock-tonko
※写真はイメージです

サバくらいメジャーな食品になってほしい

鯨肉の需要は減っている。

2020年度の供給量は牛肉が約82万トン、豚肉が約160万トン、鶏肉が約170万トン。対して鯨肉は輸入も合わせて約2500トンに過ぎない。牛肉のわずか3%、豚肉・鶏肉の0.3%程度の供給量にとどまっている。クジラの供給が、牛、豚、鶏を上回り、ひとりあたり年間2キロ以上も食べていた昭和の商業捕鯨時代とは比べるべくもない。

鯨肉には需要がない。だから捕鯨はやめるべきだ。捕鯨に反対する立場の人が主張する意見である。だが、藤本は鯨肉のポテンシャルをこう語った。

「鯨肉は、肉と魚両方のバックアップになりうる食肉だと思うんです。いまコオロギなどの昆虫食が話題になっていますよね。仮に食料難になったら、コオロギとクジラ、どっちを食べたいですか、と聞いたらほとんどの人はクジラを選ぶはずです。それに鯨肉はクリーンな食材なんです。牛や豚、鳥にしたって、家畜はみんな、抗生物質を注射したりエサに混ぜて食べさせたりするじゃないですか。でもクジラは環境汚染が少ない遠洋に暮らす野生動物だから、もっともクリーンなタンパク源なんですよ」

山川徹『鯨鯢の鰓にかく 商業捕鯨再起への航跡』(小学館)
山川徹『鯨鯢の鰓にかく 商業捕鯨再起への航跡』(小学館)

藤本は「でもね」と悔しさを隠さなかった。

「年間の販売量でいえば、鯨肉はウニに負けているんですよ。この数字を知ったときは本当にショックでした。知りたくもなかった。これからクジラが日本人にとって、サバくらいの位置づけになってほしい」

藤本は目下、クジラの血液や血管、睾丸などを食材とした料理を開発中だ。

「睾丸はボイルするとハマグリみたいな味がして面白い。血管もただ焼くだけでも歯ごたえがあっていいですね」

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