“デザイナーベビー”は作る可能性も

この技術は診断や治療にとどまらず、人工臓器や再生医療などにおいても実用化が進められている。

2030年代後半には、五感のようなヒトの感覚について、喪失した場合には補い、さらには超人的レベルを達成するように補強するバイオミメティクス材料が実現するという予測もある。こうした技術が発展すれば、将来的に、人類は自己の能力の拡張に応用する可能性がある。

たとえば、自分の両腕に加えた複数の腕を同時に動かしたり、腕力を増強して巨大な物を軽々と持ち上げられるようになったり、遥か遠方にあるものを見たり聞いたりできる超視力や超聴力のように、今では信じがたい能力を未来の人類が身につけていることも想定される。

「iPS細胞」の応用による臓器、組織の作製・再生技術もまた、こうした願望を叶える上で重要な役割を果たすことになるだろう。将来的には、人工的な臓器を作製し、失われた組織や臓器を再生させることが当たり前になり、さらに元来の臓器より強化される可能性もある。こうした拡張の願望は、自らだけでなく「子」へも向けられる恐れがある。人々がゲノム編集技術を利用し、デザイナーベビーを量産するようになるとしたら、ついに神の領域を侵食することになる。

中国では「ゲノム編集ベビー」が誕生している

人類がCRISPRという遺伝子編集技術を手にしたことで、遺伝子編集された人間を誕生させることが理論的に可能となった。しかし、技術的、理論上可能であるからといって、現実化して良いか否かはまた別の問題である。実際、ほとんどの国において遺伝子工学で編集した胚の妊娠は非合法扱い、もしくは禁止されている。

写真=iStock.com/Aleksandra Chalova
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ところが、2018年11月、中国の南方科技大学のゲノム編集研究者賀建奎(フー・ジェンクイ)によって、世界初のゲノム編集ベビーが誕生した。エイズの原因となるウイルスであるHIVが細胞に侵入する際に利用する細胞側のタンパク質の遺伝子を、CRISPR-Cas9系ゲノム編集ツールを利用して無効化し、それらの胚を母体に着床させ、HIVに感染しにくい元気な双子の女児を誕生させた。双子女児のDNAの塩基配列解析からゲノム編集を行い、標的遺伝子のみ変更されたという。

遺伝学技術を使って人をHIVから守る、より安全で効果的な他の方法が存在する中、あえて胚の遺伝子編集を行っている。そして、そもそも子どもがHIVに感染する危険はないため、HIV陽性の父親を持つ家族を対象にしたことへの必然性も見いだせない。こうした理由などから批判が集中した。

このゲノム編集ベビー誕生の試みについては、南方科技大学も認識しておらず、中国の衛生部(現国家衛生健康委員会)や科学技術部が2003年に公表した法的規制にも抵触する。結果的に賀建奎は不法な医療行為を行ったと判断され、罰金と懲役3年の実刑判決を受けたが、2022年春には出所している。