能力を引き上げたいという願望は止まらない

今後、ゲノム編集技術が発展すれば、病気の治療だけではなく、人の「能力」の拡張も可能になる。能力を引き上げたいという願望を持つことは、人のさがと言ってもいいだろう。

知能や認知、運動神経など、他人よりも優れた能力を持ちたいという願望を持つことは自然である。努力の原動力もまた、“憧れる状態になりたい”という願望に基づくものだろう。ゲノム編集によって、そうした願望を簡単に叶えられるようになれば、人間はこの技術を正しく制御できなくなる可能性がある。こうした能力の拡張願望は、これまでも多方面で顕在化してきた。

スポーツ界におけるドーピングは、その象徴的な例だろう。スポーツの世界でよく耳にする「ドーピング」は、1865年のアムステルダム運河での水泳競技において世界で初めて行われたとされる。それから100年以上経った1980年代までは、五輪種目を除く国際競技大会でドーピングを禁じる統一ルールは無かったため、ドーピングが世界中で広まっていった。

ドーピング検査の試験管
写真=iStock.com/D-Keine
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1999年に設立された世界アンチ・ドーピング機構(WADA)によって、ようやく国や種目を超えたアンチ・ドーピングの規定が設けられた。近年はドーピングを行う国々が、ゲノムテクノロジーを活用した「遺伝子ドーピング」に注目を寄せている。

「遺伝子ドーピング」はすぐそこまで来ている

遺伝子ドーピングとは、ゲノムテクノロジーによって人体の遺伝子を直接編集することにより遺伝子の発現を調節し、運動能力を高めるものである。検出が難しい上、これまでのドーピングと比較しても高い効果を発揮するようになるかもしれない。

たとえば、筋肉疾患の遺伝子治療を悪用すれば、現役アスリートの筋肉の増強も可能となる。体細胞の遺伝子を直接操作することによって、編集された遺伝子の発現や抑制は長期にわたり続くことになる。フェア・スポーツの観点もさることながら、副作用や人体への影響も未知数なため、選手の身体もリスクを抱え続けることになる。ゲノム編集を応用した「能力の拡張」は、今後、スポーツ界だけにとどまらなくなる恐れがある。

身体的特徴や能力をゲノム編集により操作・拡張する技術を手にした人間は、この技術をどのように扱うかが問われるようになるだろう。

特に2030年代以降はAIの台頭により、人間の存在意義が危ぶまれることになる。そこで人類はAIに対して優位性を保とうと、潜在的に持っていた拡張願望を増幅させることが考えられる。こうした願望を叶える上で、筋肉を増強する遺伝子ドーピングと共に大いに利用される可能性があるのが、人工材料を生体へ適用する「バイオマテリアル」の技術である。