「キメラの研究は非常に有用である」と語る専門家

ヒトの細胞をサルのはいに注入して異種の細胞をあわせもつ「キメラ」。2021年4月、米ソーク研究所と中国・昆明こんめい理工大学の共同研究チームは、世界で初めてサルとヒトとの遺伝子型の細胞が混在する「キメラ」の胚を培養し、受精から最長19日間、成長したことを発表した。

ヒトの手とサルの手の間にあるDNAらせん構造
写真=iStock.com/Kagenmi
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カニクイザルの受精卵を分裂が進んだ胚盤胞はいばんほうの段階まで成長させ、ヒトのiPS細胞を加えてサルとヒトのキメラを作製した。受精から6日経った132個のカニクイザルの初期胚盤胞に25個のヒトのiPSを注入。受精から10日後、111個のサル胚にヒト幹細胞が接着して胚盤が見えるところまで成長した。

19日後には3個のキメラ胚にまで減ったが、成長した胚には多くのヒト細胞が残されていたという。この研究成果は、2021年4月15日、米科学誌『セル』(電子版)で発表されている。さらに、キメラ胚のゲノム解析を行った結果、キメラ胚の細胞には特有の遺伝子発現プロファイルがあり、サル胚やヒト胚と比べ、特異に強化された細胞シグナル伝達経路なども確認され、キメラ胚の内部でヒトとサルの何らかの細胞間コミュニケーションがあるのではないかと考えられている。

研究論文の責任著者でソーク研究所のホアン・カルロス・イズピスア・ベルモンテ教授は「キメラの研究は、生物医学研究を前進させる上で非常に有用である」と主張している。研究チームは、こうした研究成果が、ヒトの細胞がどのように発達し統合するのか、異種の細胞が互いにどのようにコミュニケーションするのかを解明する手がかりになることを期待しているという。(ニューズウィーク日本版 2021年4月19日配信記事より)

強く禁止しないかぎり、研究は行われてしまう

本研究は培養皿上で行われ、子宮に戻したり、子が生まれたりするまでには至っていない。ベルモンテ教授も、部分的にサル、部分的にヒトの胚で動物を作ろうとするつもりはなく、そのような種で人間の臓器を育てようとするつもりもないことを強調する。

とはいえ、ヒトに近い霊長類を使った研究であることのインパクトは大きく、サルの胚にヒト細胞を注入する研究は倫理的な懸念もあるため、米国立衛生研究所(NIH)は公的研究資金を出さないと決めている。細胞レベルでの研究は認められているものの、ヒトと他の生き物のキメラを誕生させることは、多くの国で禁止されている。

ヒトとヒト以外のキメラというパンドラの箱を開けてしまったことへの懸念や倫理的な問題を指摘する研究者が数多くいる一方で、中国・昆明理工大学の季維智(ジー・ウェイジー)教授は、ヒトと他の生物のキメラを作る理由として、将来的に他の生物の体の中で人間の臓器を作り出し、移植用の臓器不足を補う、人類のための技術であることを挙げている。作る理由と作るべきではない理由の双方が交錯する中で、今日もさらなる研究が進んでいる。

作ると作らない、それぞれにとっての動機があるため、相当の強制力をもって禁止できない限り、結局は作り続けられることになる。仮に禁止されたとしても、その動機自体が消滅しないのならば、ルールを破ってでも陰で作り続ける者が現れることを想定しておかなければならない。