「虫」の定義は意外とあいまい

ここで、江戸時代の1800年代に出版された、小野蘭山の手になる本草書である『本草綱目啓蒙』をひもといてみることにする。『本草綱目啓蒙』では動物を獣部、禽部、鱗部、介部、虫部に分けている。このうちハマグリやアワビは「介」と呼ばれる生き物としてひとまとめにされている。加えてカニやカメの仲間も「介」に含まれている。カタツムリは「介」ではなく、虫部の中の湿生類に置かれている。『本草綱目啓蒙』の虫部には、カタツムリのほかにミミズやムカデ、ヒル、カエルも含まれている。

このように日本語の「虫」は、きわめてあいまいな範囲の生き物を指し示す用語だ。そして日本の伝統的な生物分類にならうなら、カタツムリは「虫」なのだ。そのため、小学生がカタツムリを「虫」に分類するのは間違いではない。そして、私たちがカタツムリを見ても食欲がわかないのも、そうした認識のありようがからんでいるように思う。

アイヌの人々にとっても同様で、カタツムリはアイヌ語ではアネ・ケム・ポ(細い針。針は触角や眼柄を表しているらしい)、キナ・モコリリ(草にいる巻貝)と呼ばれる。「殻をもち、陸上生活をするカタツムリは、〈カイ〉と〈ムシ〉の両義的性格をもつが、〈ムシ〉に類別される。(中略)カタツムリが〈ムシ〉に類別されるのは、殻をもつという〈カイ〉との形態的類似よりも地表をはうという〈ムシ〉との類似に因る」とあり、カタツムリは「虫」の仲間として認知されていたという。

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ヨーロッパでは貝の仲間に分類されていた

しかし、生物学的に見た場合は、一般的に「虫」という名称で思い浮かぶ、昆虫やクモといった節足動物に分類される陸上無脊椎動物と、カタツムリはかなり縁の遠いもの同士だ。カタツムリは、海に棲んでいる巻貝(軟体動物)のうち、陸上に進出したもののことである。

端的にいえば、カタツムリは貝(陸に棲む貝なので、陸貝と呼ぶ)だ。ただし、貝は海に棲む生き物というイメージが強いせいか、はたまたデンデンムシという名称が影響しているのか、カタツムリは貝とは別の生き物であるというイメージがもたれてしまうわけである。

なお、アリストテレスによって紀元前4世紀に書かれた『動物誌』を見てみると、アリストテレスは動物を有血動物(現在の脊椎動物に相当する)と無血動物の二つに分け、さらに無血動物を、軟体類、軟殻類、有節類、殻皮類などに分けている。そして、カタツムリは、そのうちの殻皮類に海の貝と一緒に分類されている。

ヨーロッパではこのように、生物分類の試みの当初から、カタツムリを海の貝と同じ仲間に区分けしていた(英語でカタツムリをland snail――陸の巻貝――と呼ぶこともあり、ヨーロッパの人々はカタツムリを虫の仲間とは思わないのではないだろうか)。