獣医師の齊藤朋子さん(通称モコ先生)は「猫の殺処分ゼロ」という目標に向かい、格安で野良猫の不妊去勢手術をうけ負っている。野良猫が繁殖する背景の一つに、多数のペットを不妊去勢手術を行わないまま無計画で飼う「多頭飼育」があるという。笹井恵里子さんの著書『野良猫たちの命をつなぐ 獣医モコ先生の決意』(金の星社)より、一部をお届けする――。(第3回/全3回)

※本稿は、小学校高学年向けの児童書からの抜粋記事のため、漢字表記などが一般書とは異なります。

「人が住んでいない借家で猫が繁殖している」

最近は各地で「多頭飼育崩壊」という現象が起こっています。ペットを多数、不妊去勢手術など行わないまま無計画で飼った結果、飼い主の予想をこえて異常繁殖してしまうのです。えさ代などがかさんで経済的にも行きづまり、室内はペットのふんにょうが垂れ流しになったり、共食い、害虫などの発生が起きたりなどひさんな状態になってしまうことが少なくありません。ペットを飼っている人だけでなく、ペットショップにペットを納入する繁殖業者のブリーダーや犬猫を保護していた人が多頭飼育崩壊にいたってしまうこともあるのです。

モコ先生も、そういった事例にいくども関わったことがあります。2023年最初の茨城での手術のあとも、多頭飼育崩壊の場所から保護した猫たちにワクチンを打つ仕事が入りました。その件は、茨城さくらねこクリニックを管理する長谷川道子さんのもとへの電話から始まりました。行政から「借家に猫が繁殖していて近隣から苦情が寄せられています。中にもう人は住んでいないようですが」という連絡が入ったのです。長谷川さんを中心としたボランティアさんたちと行政がほかく器を設置して猫をつかまえました。

多頭飼いされていた平屋の居間。くつなしでは歩けない
筆者撮影
多頭飼いされていた平屋の居間。くつなしでは歩けない

二部屋だけの室内に、なんと64匹も

二部屋だけの室内に、なんと64匹もの猫がいたのです。保護しても、これだけの数の猫を置いておく場所がありません。長谷川さんはインターネットで寄付金をつのり、集めたお金で倉庫のような広い場所を借りました。

「1匹なら適切に飼えただろうに60匹って……」

モコ先生がワクチン接種に向かう車中でため息をつきます。これこそ動物を飼う資格があるように思えませんでした。

猫のいる場所にはボランティアさんが待機しています。1月の茨城はストーブをたいても、コートを着ていないと身ぶるいするほど室内が寒いです。猫たちは1~2匹ずつケージに入っていました。えさは十分にあったのかやせ細った猫はおらず、どの猫もころころとしています。けれども人への警戒心がとても強く、ちょっとケージに手を近づけるだけでバタンゴトンと、中で大暴れ。

「ちょっとごめんねー」

モコ先生がケージの外から注射針を打とうとすると、猫が大きく暴れたので水を入れた皿も、えさもひっくり返ってしまいました。あたりがびしょびしょです。いっしょにチャレンジする青山先生、満川先生も大苦戦。

ケージの上から布のカバーをかけて少し暗くし、猫を少し落ち着かせてから1本1本打っていきます。

「あ─!」
「そっちいった、満川先生お願いします」
「いやだよねー、ごめんね」

先生たちは手をかえ品をかえ、猫に近づこうとします。すべての猫に打ち終えるのに、いつもの倍くらいの時間がかかってしまいました。