従業員もクレーマーに怯えるようになっていった

「あれから反省した? ちゃんとやってんの?」と話しかけられ、「ありがとうございました。ちゃんとやっています」とだけ答え、あとは相手にせず仕事に戻ったという。

仁科充乃『コンビニオーナーぎりぎり日記』(三五館シンシャ)

ところが、クレーマーはそのときの態度が気に食わないと、再び本部に電話した。本部から連絡を受けた夫は再度、彼女に謝罪電話をかけた。松村さんも「やっぱり私、辞めようか」と気に病んでいる。ただでさえぎりぎりで回っているシフト(*5)から、主力メンバーの松村さんが外れるわけにはいかない。そもそも松村さんに非はないのだから。

あのクレーマーがいつ現れるかと思うと、店に出るのが憂うつになっていた。パートさんやバイト学生たちにもクレーマーの存在が知れ渡り、みんながビクビクとするようになった。

たった一人のクレーマーが店をめちゃくちゃにすることもある。いつ終わるとも知れぬクレームに私は心身がむしばまれていくのを実感していた。夫が何度目かの謝罪電話をして以降、クレーマーからの連絡が途絶えた。なぜか、本部への連絡もなく、来店もなくなった。

(*5)シフト シフトはいつもぎりぎりだ。先日、コロナ禍でどうにもならなくなった際、本部が推奨する「マッチングサービスアプリ」を使ってみた。これは店と日雇いスタッフをつなぐアプリで、「日中の4時間」で募集してみたところ、3名の応募者が現れた。アプリ内で「高評価」がついている1名に仕事を発注したが、当日の仕事時間に「ちょっと遅れます」と電話があり、30分待っても現れないので、夜勤明けの私が家から駆けつけた。結局1時間以上遅れて、何事もないように現れた。以来、このアプリは使っていない。

クレーマーを撃退した夫の神対応

「どうしたんだろうね?」と夫に問うと、夫は眼をギロンと輝かして答えた。「最後の電話のとき、ああだこうだ言うもんだから、もう嫌になって、『ああそうですか、そりゃすいませんね。じゃ、失礼します』て言って、一方的に叩き切ってやったんだ」と言った。ずっと下手に出ていたのが、急に投げやりになったのが怖くでもなったのだろうか。理由はわからないものの、それ以来、カスタマーハラスメントはぴたりとやんだ。

夫の対応もイチかバチかの賭けだったかもしれない。このときは夫の対応であっけなくカスハラは終了した。だが、まかり間違えば、逆上をまねいたかもしれない。カスタマーハラスメントの対応に正解はない。だから、われわれはつねに考え、迷い、悩み苦しむのである。

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