炎天下で2時間にわたって怒られ続けた

「お客さまより苦情が入った」と本部から電話が来たのは、それから1時間も経たぬうちだった。それまでに何があったのか、松村さんより事情を聞き、防犯カメラの映像チェックも終えていたため、本部にはスムーズに事情説明はできたものの、女性客は「とにかく家まで謝りに来い!」の一点張りとのことで、日をあらためて本部の営業担当者と夫と松村さんの3人で出向くことになった。

「箱菓子を持っていったら」と私が夫に伝えると、本部から「何も持たない」という判断が出されたという。以前はクレーム対応に菓子折を抱えて行くのが当たり前だったのだが、今はむやみに物を持っていくことは控えるようになっているらしい。今回の女性客への対応に、わが店側の落ち度があると本部もとらえていなかったのだろう。

1週間後、指定された場所に行き、謝ってきたのだが、男性2人はうなだれ、松村さんは怒りまくっていた。最高気温30℃超えの炎天下、アスファルトの照り返しのあるアパートの駐車場で、女性だけが木陰に立ち、3人は延々2時間にわたり一方的な怒りを聞かされたという。しかも、やはり「許さない!」とのたまう。そればかりか「松村に責任をとらせて辞めさせろ」と言うのだという。

明るい太陽
写真=iStock.com/Xurzon
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クレームは終わったと思っていたが…

夫が「松村はほかのお客さまには人気のスタッフで辞めさせることはできません」と突っぱねた。すると女性客は「松村をちゃんと教育し直し、シフトを減らせ(*3)」と要求してきたのだ。さらに本部へのクレーム電話はその日以降も連日のように続いた。

その1週間後、今度は私の書いた詫び状と、1000円程度の菓子折を持たせ、夫と営業担当の2人に再度頭を下げに行ってもらった。松村さんは「私が辞めれば収まる話でしょ。社長(*4)が私をかばってくれたあの言葉だけで私は気が済んだから、もういつ辞めてもいい」と言っていたが、少しシフトを減らしているうちに気分も変わり、続ける意思を示してくれた。

お客から本部へのクレーム電話は止まり、これでなんとか解決した、とみんな思っていた。

「ねえ、あれから、松村、どうなった?」

季節が晩秋に近づいたころ、例の女性が目の前にいた。1カ月半ぶりの来店だった。一連のクレームとそれにともなう心労が一気によみがえる。動悸どうきが速まり、鉛の球でも飲んだようにお腹が重くなった。クレームは終わっていなかったのだ。

「研修に行かせ、シフトを減らしています」とだけ伝え、逃げるように事務所へ駆け込んだ。このことは松村さんには知らせなかった。それから1週間後、今度は松村さんがレジで応対中、その女性客が目の前に立った。私は不在だった。

(*3)シフトを減らせ 「毎月1日は映画に行きたいからもう少しシフト減らしてくれない?」と日ごろから松村さんが希望しているのを知っているパートさんたちはこの話を聞いて「松村さんのシフト減らしたら、本人が喜ぶだけじゃん」と笑った。
(*4)社長 2FC(フランチャイズ)の契約者夫婦を「店長」「マネージャー」と呼ぶ。1FC(フランチャイズ)の契約では、夫婦を「オーナー」「マネージャー」と呼ぶ。夫は2期目に1FC契約にした際、店のみんなに「僕のことは『オーナー』じゃなくて、これまでどおり『社長』と呼んでほしい。オーナーはただの持ち主で働かないイメージがある。僕はしっかり働くから」と頼んだ。以来、SVは「オーナー」と呼ぶが、店内の仲間は「社長」と呼んでいる。