※本稿は、仁科充乃『コンビニオーナーぎりぎり日記』(三五館シンシャ)の一部を再編集したものです。
「ねえ、あのババア、なんなの?」
私のレジに向かって女性客が歩いてくる。40代半ば、小太りで上下灰色のスエット姿、顎を上げ、肩を揺すり、爪先を蹴上げるような歩き方だ。「感じの悪いお客が来たなあ」と思っていると、隣の通路から割り込むかたちで男性客が走り込んできて私のレジに荷物を置いた。
チンピラ歩きの女性客がムッとするのをフォローするように、パートの松村さんが「お客さま、こちらのレジへどうぞ!」と隣のレジへ誘導し、レジ対応をしてくれた。ベテランパートの松村さんは機転がきき、頼りになる。男性客のレジ対応を終え、別の仕事に取りかかろうとした私のところにさきほどの女性客がやってきた。
「ねえ、あのババア、なんなの?」
しゃくった顎で松村さんを指し、憎々しげにそう言う。
「なんでレジ袋(*1)に入れんの嫌がるわけ?」
女性客が言うには「レジ袋に入れてと言ったが、嫌々対応されて不愉快だった」ようだ。松村さんに限ってそんな対応をするはずがないと思ったが、その場を収めるため、松村さんを呼び、「たいへん失礼しました」と2人で謝罪した。ところが、気が収まらないようで「私は客でしょ? そんな失礼な態度ある? 許せないんだけど!」と店内で怒鳴りまくる。
「一番偉い者を出して!(*2)」と言うので「私が責任者です」と答えると、「本当に一番偉い者を出して!」と話にならない。仕方なく家に戻っていた夫を呼び出し、謝ってもらった。わけもわからぬままの夫と私と松村さんが3人で頭を下げて謝ると、女性は店を出ていった。だが、これはそのさき、長く長く私たちを悩ませるカスハラの始まりにすぎなかった。
(*1)レジ袋 2020年7月1日からコンビニのレジ袋は有料になった。小さい袋(8号と12号)は3円、中間(20号)と弁当用が5円、一番大きい袋(45号)は7円になった。たまに温めた弁当とアイスクリームを「同じ袋でいいから」と言われる。アイスが溶けないか心配で仕方ない。
(*2)一番偉い者を出して! あとで夫は「僕は全然偉くないでしょ」と嘆いた。「私だってパートさんたちに頭が上がらないよ」と私が言うと、「結局、店で一番発言力が強いのは松村さんじゃない」と2人で大笑いした。