「回転売買」にはまり、投資家が大損するパターン

こんなちょっと変わった条件がわざわざくっついている理由は3つある。1つは、EB債の投資家が実質的に売る日本郵船株のプットオプションに一定のブレーキをかけ、投資家のリスクを小さくし、EB債を買いやすくすること(途中で期限前償還されれば、売ったプットオプションは消滅するので、この条件のおかげで、リスクは多少低くなる)。

2つ目は、発行体がEB債のプットオプションの売りでオプション料を稼ぎ、それでEB債の発行コストを賄うこと。そして3つ目が、期限前償還されると、また新たなEB債を作って、同じ投資家に売れることだ。期限前償還されれば、元本と共に6%(例)の金利が支払われるので、投資家は大いに気をよくし、またEB債を買う。

かくしてEB債の「回転売買」にはまり、最後はノックイン条項で投資家が大損するというのが、典型的なパターンである。

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一方で、発行体はまったく困らない

なおノックアウト条項が発動すれば、発行体に期限前償還義務が生じるので、発行体は困らないのかという疑問は当然生じる。しかし、全然困らないのである。こういうEB債を発行するのは、欧米の大手金融機関(投資銀行を含む)、欧米の大企業(自動車会社、化学品会社、エネルギー会社等)、欧米の公的金融機関(北欧の地方金融公社や輸出金融公社等)、大手ヘッジファンドなど、常時数十件から数百件の資金調達を行っている巨大組織である。

彼らはドルの変動金利が安いと見ればパッと資金調達を行い、EB債で得た資金は、通常米ドル建て変動金利の債務にスワップする。負債管理はマス(塊)で行っているので、個々の細かい債券の期限前償還などはいちいち気にしていない。

オプション料(オプションの値段)は、金融における20世紀最大の革新といわれ、ノーベル経済学賞の対象になった偏微分方程式「ブラック-ショールズ・モデル」によって算出される。これは、①オプションの行使期間、②対象となる資産(株式等)の市場価格、③ストライクプライス、④キャリーコスト(オプションを持ち続ける費用)、⑤対象となる資産のボラティリティ(価格変動性)という5つの変数を投入して計算される。